2017年、三重県にあった休眠蔵の酒造免許を移転するという前例のない方法で、北海道上川郡上川町に誕生した「上川大雪酒造」。企業や自治体と連携する「地方創生蔵」としての活動内容が注目されている、新進気鋭の酒蔵です。

そして2019年7月、上川大雪酒造は新たな動きを見せます。帯広市にある帯広畜産大学と提携し、キャンパス内に日本酒蔵を設立すると発表したのです。

上川大雪酒造・塚原社長、帯広畜産大学・奥田学長

上川大雪酒造・塚原社長(左)、帯広畜産大学・奥田学長(同右)

大学のキャンパス内に日本酒蔵が設立されるのは、全国初となる試み。総杜氏の川端慎治さんが同大学の客員教授に就任し、未来の日本酒業界を担う人材の育成に取り組むなどの目的もあり、大きな話題となりました。

新しい蔵は「碧雲蔵(へきうんぐら)」と名付けられ、2020年4月に竣工。今秋から新酒の酒造りを行い、完成した日本酒は一般消費者も味わうことができます。

新天地での酒造りには、どのような想いが込められているのか。上川大雪酒造の代表取締役社長・塚原敏夫さんにお話をうかがいました。

十勝の人々が待ち望んでいた「酒蔵」の存在

「上川大雪酒造が帯広畜産大学に酒蔵を設立する」というニュースは、応援購入サービス「Makuake(マクアケ)」でも大きな反響を呼びました。

キャンパス内で初めて仕込んだお酒を購入できるプロジェクトがMakuake内で立ち上がると、瞬く間に人気に。これまでの日本酒プロジェクトの中でも過去最高の支援額となり、2020年7月上旬時点で購入総額は約2,800万円、支援者は2,600人を超える驚異的な数字を記録しています。

上川大雪酒造 碧雲蔵

上川大雪酒造 碧雲蔵

ここで注目すべきは、購入総額の約50%が北海道以外からの支援だということ。内訳を見ると、もともとの上川大雪酒造のファンが半分、そしてもう半分は蔵を新設するニュースを聞いて支援した地元の方々です。全国の日本酒関係者や日本酒ファンはもちろんですが、地元からの熱心な応援がプロジェクトを支えていました。

このような結果について、上川大雪酒造の塚原社長は「この碧雲蔵ができるまで、約40年間、十勝地方に酒蔵はありませんでした。地元の人たちが酒蔵の復活を求めていたのではないでしょうか」と話します。

広大な十勝平野を照らす夕日

十勝平野

「かつて、十勝には15蔵ほどの酒蔵がありましたが、昭和の時代を最後に0蔵となりました。米国型農業の導入もできる十勝という広大な大地で、時代の変化に伴い、稲作から畑作に切り替わったことが理由としてあると思います。

また、北海道は先住民族であるアイヌを除いて、近年になって全国から移住してきた人々の集まり。そのため、200年、300年といった先祖代々から土地に根づいた地酒はありません。十勝地方も例外ではなく、流通網の発達とともに地酒の存在意義も小さくなり、本州のお酒に入れ替わっていったのだと思います」

しかし、北海道開拓使が置かれてから2018年で150年が経ち、地元産に対しての意識は高まっています。約40年ぶりに「地元の酒蔵で醸す地酒」ができることは、十勝の人々が待ち望んでいたことなのでしょう。

「上川大雪酒造」として譲れないこだわり

上川大雪酒造が酒造りで最も重要視しているのは「水」。上川町にある「緑丘蔵(りょっきゅうぐら)」の水は大雪山系の超軟水。硬度は22mg/lと低く、やわらかな味わいのお酒ができあがります。

一方、大学キャンパス内の碧雲蔵は、日高山脈を水源とする札内川(さつないがわ)系の水です。硬度は103mg/lと、中硬水にあたります。

緑丘蔵に比べて、碧雲蔵の水はミネラル分が多く含まれています。それぞれの水から造るお酒の味わいについて、塚原社長は次のように話します。

「もちろん、上川町で造るお酒とはまったく違う味わいになるでしょう。しかし、土地ごとに水が違い、味わいも違うのが地酒です。十勝の地酒である以上、味わいの違いはあっていいと思っています」

上川大雪酒造のタンク

それでも、上川大雪酒造が酒造りで大切にしていることは両蔵で共通しています。ひとつは、小さなタンクを使い、ほとんど手作業で仕込みを行うこと。

「タンクはどれも2,000リットルで、それよりも大きなタンクは使いません。一般的な酒蔵だと鑑評会用の大吟醸を造るサイズですが、うちでは純米酒から精米歩合35%の大吟醸まで、すべての商品をこのタンクで仕込んでいます。小さなタンクで仕込むことで高い品質を保つのは、総杜氏・副社長である川端のこだわりです」

上川大雪酒造 川端慎治 総杜氏

上川大雪酒造 川端慎治 総杜氏

製造量は少なくなりますが、小さいからこそ隅々まで面倒を見られることが特徴。このルールは、緑丘蔵でも碧雲蔵でも変わりません。「『失敗できない』というプレッシャーはありますが、緊張感を持った酒造りができる」と、塚原社長は話します。

愛別(あいべつ)町の水田

旭川市と上川町の間にある愛別(あいべつ)町の水田

もうひとつは、道内の契約農家の酒造好適米を使うこと。しかし、上川町はもち米の生産地域で酒米の生産はしておらず、十勝もお米の生産はわずかです。道内で米を生産しているのは、地図で言うと北海道の左半分のエリアに多いそう。それでも、上川大雪酒造では道内11エリア、15件の農家と契約しています。

「上川町や十勝で生産された酒米だけで醸すのは難しいですが、道内には品質のいい酒米を作る農家さんがたくさんいるんです。昨年の札幌国税局新酒鑑評会では石狩管内当別町の酒米、今年の鑑評会は空知管内砂川市の酒米を使って金賞をいただきました。碧雲蔵でも契約農家のお米を使い、お酒を造っていく予定です」

「うちは酒蔵じゃない。地域振興会社だ」

造りの根幹となる部分は共通している緑丘蔵と碧雲蔵。だからこそ、碧雲蔵では新たな造りにも挑戦するといいます。

これまで、上川大雪酒造は全量を純米酒で造っていましたが、碧雲蔵では新たに本醸造も造る予定だそう。大学内の研究・教育機関として、学生に醸造技術を幅広く学んでもらうことがねらいです。

さらに、本醸造を造ることは、地域に向き合う上川大雪酒造の想いも込められています。

「帯広市や周辺の市町村を含めた十勝エリアには30万人以上が住んでいます。地元である十勝の人たちに飲まれるお酒になることで、はじめて碧雲蔵のお酒は地酒になるんです。碧雲蔵で新しく造り始める本醸造を日常酒として楽しんでいただくことで、長く地域に愛されるお酒にしたいと思っています」

上川大雪酒造の造りの様子

また、地域に対する想いは蔵のコンセプトにも。塚原社長は「上川大雪酒造は、地域振興としての役割を持った蔵なんです」と話を続けます。

「私が上川町に蔵を立ち上げた3年前から、『うちは酒蔵じゃない。地域振興会社だ』と言い続けています。町の人が地酒を飲むと、地元への愛着が生まれる。そのお酒が外に広がれば、観光客が来て町全体が潤う。地酒は、地域振興を横軸で通せるプロダクトなんです」

上川大雪酒造の商品は、決して簡単に手に入るお酒ではありません。店舗販売はほとんど道内の特約店に限られ、オンライン販売は酒蔵の公式ページに紐づいたサイトのみ。さらに、上川地区(上川町・愛別町)限定の銘柄に関しては、上川地区の酒屋やコンビニでしか取り扱いをしていません。

利益を出すためにはたくさん売ることが必要ですが、あえてそれをしていないのは地域を想ってのことです。

上川地区限定で発売している「神川」純米大吟醸

上川地区限定で発売している「神川」

「『飲みたければ、地元まで来てほしい』というスタンスを取っています。おかげで上川町に来てくれる方も増えました。地域限定酒を卸している上川町のコンビニでは、月に1,000本も売れています。

『帯広畜産大学に蔵を建てないか』と話をいただいた時は、もちろん驚きました。しかし、地域振興会社として酒蔵が地域に愛される会社になった経験を、私たちは上川町で持っている。おいしいお酒の造り方だけではなく、地酒が地域にもたらす可能性についても、学生たちには学んでほしいですね」

地酒の未来を担う蔵として

さらに塚原社長は、杜氏をみんなが憧れる職業にしたいと考えているのだそう。

「川端杜氏が帯広畜産大学の客員教授に就任したことで、『杜氏とはどんな存在なのか』も学生たちに伝えていきたい。こだわりを持った杜氏がいるからこそ、地域振興につながる日本酒という商品を造ることができます。

お笑い芸人がかっこいい職業だと認知されてからは、いろんな人がお笑い芸人を目指すようになりましたよね。家が酒蔵じゃなくてもいいんです。『杜氏さんってすごいな』『かっこいい職業だな』って思ってほしいですね」

帯広畜産大学の講義棟の外観写真

帯広畜産大は道内4つの酒蔵の杜氏を輩出してきました。もともと杜氏を輩出した教育機関としての歴史があるところに、塚原社長のビジョンがかけ合わさると、十勝の人々が待ち望んだ地酒を造るだけではなく、さらに業界の裾野を広げる未来が見えてくる気がします。

Makuakeにて実施しているプロジェクトは7月17日まで。碧雲蔵で造られているお酒には、十勝の地酒の未来を担う、たくさんの可能性が詰まっていることでしょう。上川大雪酒造から始まる新しいストーリーを、ぜひ味わってみてください。

(取材・文/平山靖子)

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