みずからの酒を"平凡の銘酒"と称し、創業以来280年間、変わらぬ味わいを守り続けている千代菊株式会社。「地元のための地酒」をモットーに、地元である岐阜・羽島で愛される酒造りにこだわり、地域住民との交流にも力を入れています。

そんな千代菊は、羽島の方々からどのように親しまれているのでしょうか?今回は地元の飲食店を巡り、千代菊と羽島の関わりについてうかがいました。

創業当時から変わらない味噌だれと千代菊

まず訪れたのは、羽島で大人気のお食事処「かつ青」。お店の看板に書かれた、大きな「清酒 千代菊」の文字が目立ちますね。ご主人と奥さんは、34年間ずっとふたりでお店を営んできました。

「かつ青」の定番メニューは、オリジナルの味噌だれを使った味噌かつ定食。特製のたれは創業から作り方を変えず、味を守っているのだとか。

創業時から変わらないこだわりとして、取り扱うお酒は千代菊のみ。昔から地元の方が仕事終わりに足を運び、料理とともに千代菊を楽しんでいるそう。ご主人は、千代菊を"羽島に参加している酒蔵"と表現してくれました。

「千代菊と合う料理、合わせたい料理は考えたことがないですね。僕たちにとって千代菊は当たり前に飲むお酒。どんな料理にも合いますよ。また、千代菊は田植えや酒開きのイベントを通して、羽島に人を連れてきてくれます。羽島が栄えるためには、まず町に人が来ることからでしょう。千代菊は地元のシンボルであることに加えて、人と町を繋ぐ役割を担っていると思いますよ」

地元住民行きつけの焼き鳥屋で感じた、千代菊への愛

次に訪れたのは、創業30年の焼き鳥屋「とりや」。リーズナブルな価格で、幅広い年齢層の方に愛されています。

現在の店長・慶田城佑(けたしろ ゆう)さんは沖縄の出身。十数年の間、「とりや」の従業員として羽島に根付き、2015年に店主となったそう。

「岐阜に来る前は泡盛しか飲まなかったので、千代菊のことは知りませんでした。でも今は、寒い冬がやってくると千代菊の熱燗が飲みたくなってしまいますね」と、笑いながら語ります。

「とりや」では、冷酒か燗酒で飲む「特選辛口 吉」をベースに、新銘柄や季節商品など、時期に応じたさまざまなラインアップを取り扱っています。

「夏は新銘柄の「う」がとても人気でした。お店で飲んで気に入り、自宅用に瓶ごと買いたいというお客さんが多数いましたよ。そういうときは千代菊に電話をして、すぐに仕入れさせてもらっています。地元だからこそできる、千代菊の粋なはからいですね」

お客さんがほぼ地元の方という「とりや」、千代菊を飲むために来店する方が絶えないのだとか。

「お店に立っていると、羽島に住んでいる方々の千代菊に対する愛情を強く感じますよ」

「千代菊の蔵開きはいつ?」といった質問だけでなく、ときには「千代菊はもっとこうしたほうが良くなるんじゃないか」という熱いお話も出てくるそう。

「僕は石垣島出身なので、やっぱり今も故郷の味は泡盛。石垣島の泡盛をよく自宅で飲むんです。千代菊は羽島の人にとってそんな存在。たとえ羽島を離れたとしても、その先で必ず千代菊を飲み、地元に帰ってくるとまた千代菊を楽しむ。そういうお酒こそ "地酒"だと思いますね」

老舗の名店にも根付く、地酒・千代菊

最後に訪れたのは、昭和2年創業のスッポン料理と京懐石のお店「西松亭」。地元の方だけでなく遠方から来るお客さんもいるほどの、羽島を代表する名店です。

4代目の代表・西松永根(にしまつ ひさね)さんは、生まれも育ちも羽島。「小学校へ通う途中に千代菊がありました。その独特で心地良い香りを嗅ぎながら通学していたんです。幼いころから千代菊は生活のなかにありましたね」と、懐かしそうに話します。

「西松亭」を訪れるお客さんは、地元の方がおよそ6割。遠方から来店するお客様さんのために、約10種類の幅広い日本酒を取り扱っています。千代菊は、純米大吟醸酒の「光琳」と、冷酒・燗酒として飲むための「特選辛口 吉」の2種類。

地元の方は当たり前のように千代菊を注文するそう。地元の外から来たお客さんには「光琳」をおすすめしています。

「『光琳』は料理の邪魔をしないお酒。うちの料理は繊細な味付けが多いので、クセの強いお酒はその味を崩しかねません。『光琳』は料理に寄り添って相乗効果を生み出し食事全体の質を上げてくれる、究極の食中酒でしょう」

当主にとって、千代菊は地元風景の一部だと言います。

「千代菊が自分にとってどんな存在なのか、考えたこともないですね。母親のような、当たり前にある存在なので。幼いころから家族が千代菊を飲んでいる姿を見たり、千代菊が地元の祭りやイベントに必ず出てきたり、日常の風景に溶け込んでいるんですよ。真の地酒とは、スペックや人気に関係なく、地元の方が日常のなかで当たり前に飲む、千代菊のようなお酒のことではないでしょうか」

千代菊がどんな存在か、考えたこともなかった

羽島に暮らす方々は口を揃えて「千代菊が生活のなかにあるのは当たり前すぎて、それがどんな存在か考えたこともなかった」と言います。しかし、地元にとっての"当たり前"になるためには、長い年月をかけた根気強い努力で地元からの信頼を勝ち取ることが不可欠。千代菊は流行に迎合して大都市圏への流通に力を入れすぎてしまったり、奇をてらった商品造りをしてしまったりせず、地元に溶け込む酒蔵であり続けようとしています。

背伸びをしない。華美に取り繕わない。それでも地味ではない、等身大の地酒。

「地酒」について考えるとき、スペックなどは些細な問題で、その地元の人たちにとって当たり前になっているかどうかが大事であると気付かされました。千代菊の目指す"平凡の銘酒"は、地元・羽島の当たり前のなかにあるのでしょう。

(取材・文/石根ゆりえ)

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