日本酒の魅力を伝える「唎酒師(ききさけし)」は、日本酒の製造過程やテイスティングの表現、サービスのためのマナーなどを身につけた、いわば、"日本酒のソムリエ"のような存在。「日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)」が運営するウェブサイトには、「お客さまに日本酒をおいしく飲んでいただくための資格」と書かれています。
1991年に制定されて以来、唎酒師の資格保持者の数は、およそ4万5千人ほど。実際に唎酒師となった人たちは、この資格をどのように活用しているのでしょうか。
酒販店と飲食店の方に、唎酒師を取得しようと考えたきっかけやその目的、取得した後の変化についてお聞きました。
酒販店:「三益酒店」東海林美保さんの場合
JR赤羽駅から徒歩で20分ほど。東京都北区桐ヶ丘の住宅街の一角にある「三益酒店」は、日本酒や焼酎など全国から選りすぐった和酒をメインに扱う酒販店です。
東海林美保さんが3代目として代表を務め、同じく唎酒師の資格を持つ、妹の由美さん・美香さんとともに唎酒師3姉妹で店を切り盛りしています。
そんな美保さんが唎酒師を取得したのは、2013年のこと。「酒屋に勤めていながら接客に自信が持てなかった時に、お客さんから取得をすすめられた」と言います。
「お店に来るのは地酒好きのお客さんが多いのですが、20代そこそこの私が『このお酒、おいしいですよ』と伝えても『自分のほうが知っているから』と言われてしまい、なかなかうまくいかないと感じていました。その時に唎酒師について教えてもらい、資格があることで話を聞いてもらえるようになるならと挑戦してみることにしました」
妹の由美さんといっしょに講座に通い、晴れて唎酒師となった美保さん。あらためて日本酒を学んだことで、「点だった知識がつながって線になった」と話します。
「普段の仕事のなかで聞いたり、雑誌で読んだりして覚えた知識を関連付けて理解できるようになりました。また、それまでは味わいだけに注目していたのが、日本酒の文化的な背景やペアリングの相性など、いろいろな側面に気づくきっかけにもなりましたね。SSIが発行している『日本酒の基(※)』というテキストがわかりやすくて勉強になりました」
※ 2018年に『新訂 日本酒の基』に改定
SSIでは、日本酒の香味特性を消費者にわかりやすく伝えるために「薫酒」「爽酒」「醇酒」「熟酒」と4つのタイプに分類する手法をとっています。
美保さんは、この「香味特性別分類」を取り入れた飲み比べセットを、当時、曜日限定で運営していた日本酒バー「三益バー」のメニューに追加。日本酒にもいろいろなタイプがあることをお客さんに知ってほしいという思いで、唎酒師として学んだ知識をさっそく活用し始めます。
また、企業から日本酒にまつわるセミナーの依頼も舞い込むようになり、それまで「お店に居場所がない」と感じていた状況は一変しました。
「唎酒師を取得したことで自信が持てるようになりました。こういう情報を伝えたらお客さんの日本酒ライフがもっと充実するんじゃないかと考えられるようになったり、飲食店さんにメニューに合わせたお酒の提案もできるようになったりと、仕事の幅も広がりましたね」
2018年に先代である父から店主を引き継いだことを機に、さまざまなリニューアルにも着手。店舗脇を「三益の隣」という角打ちができるスペースとして運営し始めたほか、SNSを活用した発信にも力を入れ、三益酒店は着実にファンを増やしています。
そして、三女の美香さんも2020年に唎酒師を取得。"唎酒師3姉妹"になりました。
現在は、調理師免許も持つ美香さんが「三益の隣」で料理や接客を担当。由美さんがお酒の仕入れ、そして、美保さんが全体の統括をするという体制でお店を盛り上げています。
「日本酒を知るための入口には、唎酒師はぴったりの資格でした。商売をする上での信用はもちろん、酒蔵の方々と話す上でもとても役立っています」
「日本酒があるところには笑い声が生まれ、人と人をつないでくれる」と語る美保さん。地域に根ざした、街のシンボルになるような酒屋を目指して邁進しています。
飲食店:「日本酒バルどろん」和田雄磨さんの場合
東京・西新宿にある「日本酒バルどろん」は、20種以上の豊富な地酒とカジュアルな和食が楽しめるお店。日本酒ビギナーはもちろん、コアなファンも唸らせるラインナップが自慢で、訪れるたびに違ったお酒に出会えると評判です。
オーナーの和田雄磨さんは、もともと海外の上場企業で働いていたという異色の経験の持ち主。帰国後に「Ninja Food Tours」という外国人のための日本食の食べ歩きツアーを企画・運営する事業を立ち上げました。
しかし、観光客を案内する中で、既存のお店に連れていくだけでは体験メニューに限界があると感じ、2019年に自ら飲食店をオープン。唎酒師はそれ以前の2017年に取得しています。
「ツアーを企画するなかで、他との差別化の意味もあり簡単な日本酒講座を行っていましたが、もっと深く学んでみたいと思い、2日間集中コースに通って資格を取得しました。試験勉強中は『香味特性別分類』に沿って、4タイプの日本酒を購入して自習したりしました」
特に学びが大きかったのは、製造過程の部分。日本酒がいかに科学的なアプローチで造られているか、また、製造過程についての専門用語は、それまで業界未経験だった和田さんには新鮮に感じられたそう。ペアリングやもてなしの基本についても併せて学べたことで、「日本酒の世界が広がった」と言います。
そして取得後、変化を感じたことのひとつが、ツアー客の反応です。唎酒師の資格を持っていると話すと、「日本酒にもそういう資格があるんだ」「勉強は大変?」などと、興味を持ってくれる人が増えました。
「やはりワインのソムリエのイメージがあるようで、反応はとても良いです。箔がつきました」
体験メニューの中には、酒器や温度帯でどれだけ味わいが変わるかといった、唎酒師の講座で学んだアイデアも盛り込みました。日本酒独特の文化に驚く人が多く、参加者の満足度もアップしたのだそう。
「唎酒師の資格を得たことで、仕事として提供する意識が変わりました」と話す和田さん。自身もさらに日本酒に興味が湧き、木戸泉酒造(千葉県)での蔵人体験にも参加するなど、さらに学びを深めています。
折しも、コロナ禍で思うようにツアーを開催できる状態ではなくなってしまいましたが、現在はオンラインやYouTubeを活用しながら日本食や日本酒の文化を紹介しています。
「日本酒の潜在的なニーズは感じていて、遠く海外にもファンを増やすべく精力的に活動しています。唎酒師の魅力は、プロの知識を体系的に学べること。しかも短期間で実技も受けながらノウハウを学べるのがポイントだと思います。今後も資格保持者の自覚を持って挑戦を続けていきたいです」
資格取得で芽生えたプロとしての意識
東海林さんは酒販店、和田さんは飲食店と、それぞれ立場は違いますが、唎酒師を取得したことで「自信が持てた」「プロの自覚が芽生えた」と自身の中に変化を感じていたことが印象的でした。さらに、講座で学んだことを実際のサービスに取り入れている点も共通しています。
そんな専門的な知識を身に着けた唎酒師のいるお店なら、飲み手の私たちも安心して日本酒をオーダーすることができます。単に知識として学ぶだけではなく、日本酒との付き合い方にも新たな視座をもたらしてくれる資格「唎酒師」。日本酒のある生活をより素晴らしいものにするために、専門的な知識を身に着けた唎酒師が、これから増えていくことを期待したいと思います。
(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)
◎ 参考リンク
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