2017年9月4日、菊正宗酒造は看板商品である瓶詰の樽酒を純米酒化し、「純米樽酒」として新発売しました。また、製樽技術の継承と啓蒙を目的として、11月28日には本社嘉宝蔵の敷地内に「樽酒マイスターファクトリー」をオープンすることも発表。
今回は同日に行われた、新しい「純米樽酒」の発表会と「樽酒マイスターファクトリー」の内覧会に潜入しました。「樽酒」の純米酒化へ込めた思いと製樽技術の継承にかける覚悟を紐解いていきます。
樽酒のパイオニアが打ち出した、新しい挑戦
結婚式や鏡開きなど、お祝いの席に欠かせない樽酒。もともと明治11年(1878年)に瓶詰めの日本酒が発売されるまで、日本酒は輸送から販売まで木樽に入っているのが一般的でした。灘や伏見などの上方から江戸へ運ばれる酒は"下り酒"として重宝され、一説には、下り酒以外の酒を指す"くだらない"という言葉が転じて、"取るに足らない"という意味になったと言われているのだそう。樽廻船で運ばれる間に木樽の香りが付いた下り酒は、独特の風味をもっていました。
そんな樽酒の歴史が変わったのは、昭和41年(1966年)のこと。菊正宗酒造が「樽酒びん詰」を発売します。当時から人気があった樽詰めの菊正宗ですが、容器としての「樽」は個人では多すぎます。そこに1.8Lの瓶詰商品を発売したことで「樽酒」は飲食店や一般家庭に広がりました。以来、720mlや300mlというラインナップが増えていきます。
現在では全国で販売されている瓶詰樽酒商品の売上のうち、およそ75%を菊正宗酒造が占め、圧倒的なシェアを誇っています。そして、「樽酒びん詰」の発売から50年を迎えた菊正宗酒造が、新たな挑戦として打ち出したのは「『樽酒』の純米酒化」。これまで本醸造酒だった「樽酒」を純米酒に変えることにしたのです。
「樽酒」の出荷石数がこの10年で約160%増えているなど、順調にシェアを拡大しているにもかかわらず、なぜこのタイミングで純米酒に切り替えるのか。その背景について、代表取締役社長を務める嘉納治郎右衞門(じろえもん)さんはこう語ります。
「近年、純米酒を求めるお客様の声が次第に大きくなってきました。お客様のニーズに応えるべく、数年をかけて、樽酒に合う純米酒とそれを醸す酵母の開発に取り組んできたのです。ようやく納得できるものが仕上がったので、今回の発表となりました。これまでのお客様にも引き続きご愛飲いただき、新たなお客様にも楽しんでいただきたいという気持ちで『樽酒』を刷新することにしました」
菊正宗酒造は、純米樽酒に合う酒質を追い求めて、新しく開発した「キクマサLA酵母」で樽酒専用の純米酒を醸造しました。今までの本醸造樽酒と比較すると、濃醇な旨味を強く感じるしっかりとした味わいでありながら、渋味が抑えられた柔らかな口当たりになるのが特長です。
松永佳明(よしあき)・取締役営業本部長は「燗でもひやでも楽しんでいただける『純米樽酒』ができあがった」と胸を張ります。コク深い豊かな味わいと、ウッディで爽やかさのある木樽の香りをぞんぶんに楽しむには、脂ののったうなぎの蒲焼やナチュラルチーズなど、甘辛い味付けや個性の強い料理と合わせるのがおすすめだとか。
「この純米樽酒は、よりおいしくグレードアップしています。日本酒ビギナーから地酒ファンの方々まで、より多くの人びとに味わっていただきたいです」と話していました。
「菊正宗 純米樽酒」のテイスティング
新しく生まれ変わった「純米樽酒」。その味わいを確かめるべく、SAKETIMES編集部ではさっそくテイスティングを行いました。
まずは常温でいただきます。注いだ瞬間に立ち上がってくる木樽の香りが非常に印象的ですね。重厚感のなかに、森林を歩いているかのような爽やかさも感じられます。樽酒の魅力である木香は、強すぎると嫌味っぽくなってしまうこともありますが、「純米樽酒」はほどよい強さでくどさがありません。米由来のふくよかな香りや生酛らしいコクのある旨味とマッチしています。
口に含むと、マイルドでやわらかい印象。香りから受ける印象ほど重たくなく、思わず杯が進んでしまいそうです。炊飯のような香ばしさを含んだ旨味がしっかりと感じられ、中盤から後半にかけて生酛特有のコクもあります。最後にやってくる、樽由来の厚みのある苦味が食欲を刺激しますね。口の中で味わいが変化していくなかで、嫌味のない木樽の香りが気持ちよく持続し、全体をまとめています。
ぬる燗にすると、香りと旨味がより強調されました。出汁を思わせるようなコクがじんわりと口の中に広がります。ホッと一息つける一品ですね。里芋の煮っころがしや肉じゃがなどの身体も心も温めてくれるような料理と相性が良さそうです。
次の50年へ向けて継承される日本の伝統・木樽
続いて、職人によって継承されてきた最高品質の木樽づくりを知るべく、11月28日のオープンに先駆けて「樽酒マイスターファクトリー」へ。
日本の杉といえば、屋久杉や秋田杉・天竜杉などさまざまな種類がありますが、菊正宗酒造では吉野杉を長年使用しています。菊正宗の「生酛づくりの辛口」には吉野杉が最も相性がいいとのこと。樹齢100年ほどの吉野杉の丸太から最適な部分だけを取り出し、鉄釘や接着剤を一切使わずに杉と竹のみでつくられた木樽。吉野杉の樽はキリッと引きしまった菊正宗らしい味わいをさらに引き立て、香り高い最良の「樽酒」を生みだしてくれるのだそう。
「樽酒」がつくられるまでを紹介したオリジナルムービー
日本酒に限らず醤油や味噌など、日本独特の発酵文化に欠かせなかった木樽ですが、時代の移り変わりによって、需要が低下しています。後継者不足もあり、製樽会社の中には廃業を余儀なくされるところも出てきました。そこで2013年、菊正宗酒造はもともと取引があった兵庫県たつの市の製樽会社から職人を招き、設備を譲り受けて自社生産することによって、製樽技術を継承していくことにしたのです。
「樽酒マイスターファクトリー」では3人の職人が製樽作業に従事。これまで、そのノウハウが明かされることのなかった製樽の様子を見学することができます。内覧会では実際に、樽を締める「箍(たが)」をつくる「竹割り」と、樽に合わせて細く割った竹を巻く「箍巻き」の作業、そして「榑(くれ)」と呼ばれる杉材を樽状にまとめて「銑(せん)」という道具でなめらかに削る「銑かけ」の作業が実演されました。
「10年経っても"小僧"と呼ばれるほど、その技術を習得するのがたいへんな世界なんです」と田中伸哉(のぶちか)・取締役生産部本部長は説明します。杉と竹だけでつくるにもかかわらず、日本酒を一滴も外に漏らさない精巧さは、職人たちが日々磨き研ぎ澄ましてきた技によるものなんですね。
18歳からこの道一筋31年という職人のひとり・田村武司さんは「作業の様子を見てもらうとなると、より一層『きちんとしたものをつくらなければ』と身が引き締まります。製樽を知っていただき、身近に感じてもらうことで、また新たな気持ちで樽酒を味わっていただけたら」と話します。
「樽酒マイスターファクトリー」は、11月28日のオープンからしばらくは、酒造記念館を訪れたお客さんのなかから、毎日限定20名を2回、先着順でご案内する予定だそう。
日本酒に木の香りをつけるだけなら、わざわざ製樽を続ける必要はありません。しかし、菊正宗酒造が製樽技術を継承することで残そうとしているのは、樽酒が愛されるなかで育まれてきた文化そのものでしょう。50年前、「樽酒びん詰」を世に送り出した菊正宗が匠の技を"次の50年"に残していくために発表した今回の挑戦。「純米樽酒」を味わい、さらに「樽酒マイスターファクトリー」を訪れることで、その気概と伝統に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
(取材・文/大矢幸世)
sponsored by 菊正宗酒造株式会社
[次の記事はこちら]