戸棚を整理していると、しばらく前にもらった日本酒が出てきました。飲めるかなと賞味期限を確認してみると、どこにも書いてありません。開栓してみると、酒は真っ黄色。香りもふだんの日本酒とは違う感じがしました。
焼酎やワインのビンテージと同じように、熟成させた日本酒も美味しいのでしょうか。
「日本酒に賞味期限はありません!」ってホント?
日本酒はラベルやキャップ、瓶の底を見ても賞味期限が書いてありません。
しかし「食品表示法」には、"消費者が食品を摂取する際の判断に資するために、賞味・消費期限を記載しなければならない"旨が明記されています。詳しく調べてみると、酒類は「加工食品等」というジャンルに含まれるようですね。この「加工食品等」については、"品質が急速に劣化する商品については、賞味・消費期限を定める"という決まりがあります。(参考:消費者庁「早わかり食品ガイド」)
それでは、なぜ日本酒には賞味期限の表記がないのでしょうか。
おそらく、酒類は急速に劣化することがないためでしょう。上述した"劣化"は、体に悪影響を及ぼすレベルのものを指していると思われます。
また、WHO(世界保健機関)やFAO(国際連合食糧農業機関)が定めた「コーデックス」という規格には、"アルコール10%以上の食品には賞味期限の表示を求めない"という記載もありました。
しかし、賞味期限がなくても、それに準じるなにかがあるはず。ラベルをさらに細かく見てみましょう。
清酒は「品質製法表示基準」によって、特定名称酒であることや精米歩合がどのくらいかを明記することなどが定められています。
この表示基準に"製造年月の記載"という項目がありました。"製造年月"とはいつのことでしょうと言われると、「その酒を造った日じゃないの?」と思う方も少なくないと思います。では、この"造った日"とは何を指しているのでしょうか。
"造った日"というのは、"販売の意図を持って容器に充填した日"のことを指します。
造りの期間中は、ひとつの銘柄が何度も繰り返し仕込まれます。しかし、タンクそれぞれがばっちり同じ味になることはほぼありません。年ごとの味もかなり違うので、昨醸造年度の熟成が進んだ酒と、今醸造年度の荒々しい酒を同じ商品として詰めてしまうと、瓶ごとに味がばらついてしまいます。
このばらつきを防ぐために、多くの蔵で行なわれているのがブレンド。消費者に安定した味を提供するために、タンクごとや年ごとの差をなくしていくのです。製造年月として表記されるのは、"ブレンドを行なって、酒が瓶に詰められた日"ということに注意してください。ちなみに、味の差は当たり前に生じるものと考え、あえてブレンドをしない蔵や商品もあるようですね。
醸造年度でなく製造年月で表示しているのは、ブレンドする酒が醸造年度をまたぐこともあるためでしょう。この表示を誤って捉えると「新酒が飲みたかったのに思っていたのと違う」ということになってしまいます。新酒を求めるときは、醸造年度の表記を参考にしてください。
結論、日本酒に賞味期限は書いてありません。しかし、日本酒は永遠に美味しいままなのか、黄色くなってしまった酒は飲めるのか、という疑問が残ってしまいました。
その酒のピークを見極める
日本酒にも、美味しさのピークというものがあります。食材で言えば旬、人間で言えばモテ期といったところでしょうか。その酒がもっとも美味しくなる瞬間がどのタイミングでやってくるかは、そもそもの酒質設計によって大きく異なります。
「蔵で飲む搾りたての酒がいちばん美味い」と、聞いたことがあるかもしれません。しかし、搾りたての段階でピークを迎えた酒の欠点は寿命の短さ。こういう酒は流通の過程で劣化しないよう細かい配慮が必要ですね。
タンクや瓶で数ヶ月貯蔵しておくと、味は大きく変化します。酒造メーカーはその変化を見越した上で「搾りたての荒々しさが取れて、少々熟成感が出てきた。食中酒としてはこのくらいが妥当かな?」「消費者の口に届く、およそ1ヶ月後あたりをピークにしよう!」と、狙いを定めて商品を出しています。
つまり、酒蔵が想定していないほどに長々と放置された酒は、そのピークを越えて劣化している可能性があります。この劣化を「老ね(ひね)」と呼びます。ひとたび開栓した酒は栓をしていたとしても変化してしまうのでご注意を。
その一方で、「熟成酒」というジャンルもあります。黄色や褐色に輝き、香りは濃醇。若い酒にはない味わいで、肉料理など旨味が強い料理を引き立ててくれます。これは、当初から熟成を見込んだ酒質設計がされている酒。冷蔵設備のある倉庫やトンネル、雪室などのさまざまな冷暗所で、タンクや瓶、樽などに詰められた状態で数年間貯蔵されます。
「老ね」も「熟成」も同じじゃないかと思うかもしれません。しかし化学的に、熟成酒は糖蜜のような味を生み出すソトロンが増え、老ねた酒は漬物のような香りを放つDMTS(老香成分ジメチルトリスルフィド)などのポリスルフィド(多硫化物)が増えます。味も香りもまったく別物と言えるでしょう。
この酒、飲んでも大丈夫なの?
賞味期限の表示がないとはいえ、老ねてしまった酒を飲んでも大丈夫なのでしょうか。
長く放置してしまったり、日光に長時間当たってしまったりした酒は、メイラード反応により黄色っぽい褐色に変化します。ただ、飲めないわけではありません。そもそも日本酒はやや黄色いもの。搾りたての酒にもかなり色が付いているんですよ。
濁ったように見えるのは、火落ちやタンパク混濁の影響でしょう。火落ちの場合は明らかに香りが劣化しているので、わかりやすいです。タンパク混濁の状態は見た目こそ悪いものの、品質には問題ありませんのでご安心ください。
肝心の味については甘かったり苦かったり、熟成酒とは違う味わい。飲めなくはないので、これはこれでアリかなとも思えます。ひとつの結論として、変化してしまった酒質を楽しめるか楽しめないかの境目が、その酒の賞味期限と言えるかもしれません。
前述の通り、日本酒には賞味期限の表示義務がありません。思っているよりもずっと長く、その味を保ってくれます。特に、火入れをしているものはほとんど味が崩れません。製造年月から数ヶ月経っていてもフレッシュで、上槽時のガスが絡んでいることもありますね。
ただ、それでもピークはあります。もったいないからと長く放って置かずに、飲んでしまいましょう。日本酒の賞味期限は"あなたが飲んで美味しいかどうか"ですから。
どうしても飲めない場合は?
とはいえ、何年も前の酒は劣化し過ぎていて美味しくありませんでした。劣化した酒を飲んで体調を壊すことはあまり考えられませんが、無理して飲まなくてもいいでしょう。そんなときのために、飲む以外の日本酒活用法を紹介します。
まずは料理。料理酒として使うことで、炒め物や煮物がさらに美味しくなりますよ。日本酒に含まれるアミノ酸が甘みや苦味、旨味をより複雑にしてくれるので、味の深みが増します。味噌や醤油との相性も良く、肉にも魚にもぴったりですね。
それでも消費できなければ、風呂に入れて肌で味わってしまいましょう。雪平鍋で60度くらいに加熱してから、沸かせた湯に混ぜます。浴室内に酒の匂いがこもるため、燗酒を飲んでいるような気分になり、なんとなく癒される気がしますよ。
焼酎やワインほどではないものの、火入れした日本酒の寿命はかなり長いです。ぜひ、いろいろな日本酒のピークを舌で捉えてみてください。
(文・イラスト/リンゴの魔術師)