日本酒の味わいは、グルコースの甘味、アミノ酸のうま味や苦みや甘み、有機酸の酸味、エタノールなどによる辛味などから構成されています。これに香りが加わり、日本酒の多様性がつくられます。
日本酒を飲んで「酸っぱい」と感じることはあまりないかもしれませんが、酸の効いたお酒に出会った経験はあるのではないでしょうか。しかし、一口に酸と言っても、その種類はさまざま。今回は、日本酒に含まれる代表的な有機酸を紹介しながら、それぞれの味わいを確かめてみました。
日本酒の味わいに大きく影響する5つの有機酸
使用する有機酸は、通販で購入することができます。今回は実際になめて味を確かめたいので、食品添加物として認められているものを使いました。
ちなみに、酒造りにおいては、このような試薬の管理に記帳義務が発生します。購入日や使用量はその都度記帳し、税務調査の際には提出しなければなりません。
乳酸
乳酸は、乳酸菌から生成される有機酸です。乳酸菌は、解糖系を通してグルコースからピルビン酸を生成し、そのピルビン酸を乳酸に変換します。
一口に乳酸菌と言っても、その種類はさまざま。菌体の形状によって、丸い形をしている球菌と細長くて棒状の桿菌に分けられており、球菌にはLactococcus属(ラクトコッカス属)、Leuconostoc属(ロイコノストック属)、Streptococcus属(ストレプトコッカス属)、桿菌にはLactobacillus属(ラクトバチルス属)などが属しています。
日本酒造りにおいて、乳酸菌が活躍するのは生酛です。酒母を造る際に天然の乳酸菌を繁殖させることで、生成された乳酸が雑菌による汚染を防ぎます。
一方、速醸酛では、人工的に造られた醸造用乳酸を使用します。醸造用資材規格協議会が醸造用乳酸の品質保証を行なっており、純度が90%以上であること、酒造りに適さない物質である鉄などの量から合否が決定されます。酒母100Lに対して、乳酸は約700ml必要です。
乳酸をなめてみると、強烈な酸味が広がります。舌に刺さるかのような鋭い酸味です。薄めてみるとその酸味は和らぎ、ソフトな口当たりとなりました。
リンゴ酸
リンゴ酸はリンゴから発見されたため、その名が付きました。後述するコハク酸、クエン酸と同じく、食べ物をエネルギーに変換するシステムの一部であるTCA回路(クエン酸回路)の構成成分でもあり、食品添加物としてもよく利用されています。
清酒酵母には、リンゴ酸を多く生産する「リンゴ酸高生産性酵母」と呼ばれる種類があります。酸の味わいが特徴的な夏酒の多くは、リンゴ酸高生産性酵母を使って造られています。
リンゴ酸をなめてみると、強い酸味を感じますが、あまり口に残りません。薄めてみると輪郭があり、しっかりと酸味を感じられて爽やかな印象。やや後口がざらつくのがクエン酸との違いでしょう。
コハク酸
乳酸とともに、日本酒の味わいを決めている重要な酸であるコハク酸。日常生活ではあまりなじみのない酸ですが、うまみを司る酸と言われています。特に、燗酒にした時にコハク酸がおいしく感じられるというのが通説です。
コハク酸もTCA回路の構成成分です。その味は苦味を含みながら舌に刺さるような味。薄めてみると、柑橘類の果皮を思わせる苦みがあり、クエン酸よりも強く苦みを感じます。
クエン酸
クエン酸を漢字で書くと、「枸櫞酸」となります。「枸櫞」とは、柑橘類のひとつであるシトロン(マルブシュカン)のこと。柑橘類に多く含まれていることからこの名が付きました。爽やかな酸味が特徴で、食品添加物や、洗剤などの香料としても使われています。
クエン酸は人間にとって欠かせない成分。TCA回路の構成成分でもあります。
このクエン酸を多く生成するのが白麹菌や黒麹菌です。クエン酸は雑菌の繁殖を防ぐため、気温の高い地域で造ることが多い焼酎造りには主に白麹菌や黒麹菌が使われています。
一方、日本酒造りでは主に黄麹菌が使われますが、白麹菌が使われることも増えてきました。白麹菌を使うことにより、これまでの日本酒にはなかったような酸味を出すことができます。
クエン酸を直接なめてみると、顔にシワが寄るような酸味です。味わいはレモンや柚子のようですが、苦みはありません。薄めてからなめてみると、ライトで爽やかな風味が感じられました。
酢酸
最後は酢酸です。調味料としておなじみのお酢は、穀物や果汁を原料として、酢酸菌の酢酸発酵によって造られています。
酢酸発酵では、酢酸菌はエタノールから酢酸を生成します。中間生成物としてアセトアルデヒドが生成されますが、これは二日酔いの原因にもなる物質です。もしかすると、聞いたことがある方も多いかもしれません。酢酸発酵の過程は、人体のアルコール代謝の過程とよく似ています。
その味は、想像通りお酢の味ですが、そのまま飲むには刺激が強すぎます。薄めると酸味は和らぎますが、香味に不調和を感じ、不快な味が強く出てしまいました。
有機酸を溶かして加えてみると?
さて、ここからが本題です。日本酒の酸味に対して「爽やかな酸味」や「軽い酸」とは言うものの、酸の味わいが異なれば、お酒を飲んだ時の感じ方も異なるはず。
そこで、適度に薄めたさまざまな酸を同じお酒に溶かして、味わいを比較しました。基準となるお酒をきき酒してから、15℃のお酒の呈味と酸味の強さを比較します。
酸味の強さは、段階的に以下のように表しています。
- ±:基準酒とほぼ同じ程度。
- +:基準酒よりやや強い。
- ++:基準酒よりかなり強い。
- +++:基準酒より極めて顕著に強い。
左から順に、酸の種類、滴定酸度(ml)、酸味の強さ、感想です。
- 基準酒 =1.5
- 乳酸 =2.2 (±)後口に残るはっきりとした酸味。
- コハク酸=2.0 (+)酸味よりもえぐみを感じる。若干のキノコっぽさ。
- リンゴ酸=1.8 (+)ややとがった酸で、貝っぽい味を感じる。後味にクセがある。
- クエン酸=1.8 (+)ややえぐみ、びりびりしたような収れん味を感じる。
- 酢酸 =2.0 (+)バランスが悪くなる。酸っぱくはないが、顔をしかめてしまう味。
コハク酸は苦味という特徴がよく出ました。乳酸は酸度の割に酸味は感じません。酢酸はバランスが大きく崩れて、香味に明らかな違和感があります。爽やかな酸という表現は、乳酸かリンゴ酸が近いようです。クエン酸ははっきりとわかる酸ですね。
有機酸と温度の関係を探ってみると?
日本酒を燗にすると、酸の感じ方が変わるといいます。しかし、冷たくても酸味を感じる酒もあります。お酒の温度を変えてみると、酸の感じ方はどのように変化するのでしょうか。
実際にこの疑問に取り組まれた「清酒に含まれる有機酸の酸味と飲用温度の関係」という論文があったので、こちらを参考に実験を行いました。
まず、論文と同じ濃度で、何も加えていない基準となるお酒、乳酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸、酢酸を加えたものを500mlずつ用意。それぞれを試験管に入れて温度を測定した上で、温度別にきき酒をして、基準酒と比較しました。温度については、水温を一定にできるウォーターバスという機械を使用しました。
まずは15℃から。左から順に、酸の種類、酸味の強さ、感想です。
- 基準酒 = 調和がとれている。
- 乳酸 = (±)後口に酸が残る。
- コハク酸= (+)えぐ味のある酸。ややキノコっぽい。
- リンゴ酸= (+)尖りのある酸。貝のような味がある。
- クエン酸= (+)ややえぐ味を感じる。びりびり残る酸。
- 酢酸 = (+)バランスが悪い。酸っぱくはないが、顔がくしゃっとなる酸味。
続いて、30℃です。
- 基準酒 = (+)15℃に比べて少し酸が立つ。
- 乳酸 = (++)含みからして強い。後口に酸がはっきり感じられる。
- コハク酸= (±)基準酒と変わらない、あるいは少し苦渋い程度。
- リンゴ酸= (±)飲めなくもない。ピリっとした酸味。後口に粉っぽさがある。
- クエン酸= (++)後口になるにつれて尖る酸。思わず目をつぶってしまう。
- 酢酸 = (+)そこまで酸っぱくはないが、酸臭が増す。
次は43℃です。
- 基準酒 = (+)くっきりとした味わいでおいしい。
- 乳酸 = (++)舌にのせると酸味を強く感じる。
- コハク酸= (+)そこまで酸っぱくはない。酸は強く感じるが、不快な味わいではない。
- リンゴ酸= (++)口が痛くなるほどの強い酸。
- クエン酸= (+)爽やかな酸味を少し感じる。後口は強い酸。
- 酢酸 = (+++)顔をしかめるほど、非常に強い酸味を感じる。おいしくない。
では、50℃はどうでしょう。
- 基準酒 = (++)酸がはっきりしていて、おいしい。
- 乳酸 = (+++)後口に独特な香りが残る。強い酸が感じられる。
- コハク酸= (++)酸の香りが鼻を抜ける。若干うまみが増す。
- リンゴ酸= (+++)薬品を思わせるほど尖っている酸。
- クエン酸= (++)うまみがある。輪郭がよく出ているが、口に含み続けると痛みを感じる。
- 酢酸 = (+++)非常に強い酸味があり、おいしくない。飲むことすら難しい。
温度が上がるにつれて、どんどん酸味を感じるのかと思いましたが、逆にあまり感じなくなるものもありました。
乳酸は43℃から強く感じられますが、温度の上昇に伴って、はっきりと酸味を感じます。コハク酸は、30℃が最も感じづらく、15℃で感じた苦みが50℃ではうま味に感じました。
リンゴ酸は、43℃、50℃では飲めたものではありませんでしたが、15℃では独特の風味がありました。クエン酸は、30℃で最も強い酸味を感じます。酢酸は、温度の上昇に伴って酸味が増しますが、とにかくバランスが悪い印象を受けました。
これらの結果は、温度帯で酸の感じ方が変化することの裏付けになるでしょうか。あるいは、日本酒に含まれる糖やアミノ酸が影響しているのかもしれません。
糖も、温度によって感じる味わいが変化します。基準酒に含まれる糖が影響しているのであれば、次は、水にそれぞれの酸を溶かしたものを、温度別に比較してみます。
まずは10℃から。
- 基準水 = そのままの水の味わい。
- 乳酸 = (±)ほぼ感じない程度のソフトな酸味。収れん味はあるが、マイルドな味わい。
- コハク酸= (±)柚子の皮を思わせる酸味で、後口は苦い。
- リンゴ酸= (+)爽やかだが少しざらつく酸。不快ではない。
- クエン酸= (+)ライトな酸で、すっきりしている。
- 酢酸 = (±)不調和な香りとクセがあり、酸味は薄い。
続いて30℃。
- 基準水 = ぬるさを感じる。
- 乳酸 = (+)輪郭があり、はっきりとした酸味がある。
- コハク酸= (+)尖った酸だが、含みは丸みを帯びている。
- リンゴ酸= (+)しっかりわかる酸味で、可もなく不可もない。
- クエン酸= (±)ライトな酸。酸味はほかの酸ほど感じない。
- 酢酸 = (+)酸味を感じるが、不調和。
最後に50℃。
- 基準水 = 飲みごろのお湯。
- 乳酸 = (++)後口で強い酸味を感じる。
- コハク酸= (+)苦みが少し強いが、酸味は強くない。
- リンゴ酸= (±)薄く感じる。
- クエン酸= (±)酸味がわずかにあるが、軽い。
- 酢酸 = (+++)非常に酸味が強く、不調和。
結果はこのようになりました。
お燗がおいしいのは、コハク酸の影響
乳酸はお酒に加えた時と同じく、温度の上昇に伴ってはっきりと感じられました。リンゴ酸は、50℃では酸味が薄くなるようでした。クエン酸は全体的に軽い印象ですが、10℃だとはっきりと酸味を感じます。これらの結果から、温度変化に伴い、酸の感じ方も異なって感じられたと言えます。
論文を見ると、それぞれ20℃の水溶液と比較した場合、乳酸は37℃、コハク酸は43℃、50℃で強く酸味が感じられると示されています。コハク酸は単体で試薬をなめた時は苦く感じましたが、酸味とうまく調和するようです。燗でお酒がよりおいしくなる理由のひとつとして、コハク酸の影響が大きいと言えるでしょう。
さらに、論文には、アミノ酸の温度と味わいの関係についても示されています。燗酒に向く日本酒といえば、味のしっかりしたタイプですが、この味わいというのは、アミノ酸や呈味ペプチド、タンパク質などが溶け出し、日本酒の甘味や酸味と調和して感じられるものです。
主要なアミノ酸についても、温度変化に伴って味わいが変化します。多くのアミノ酸では、温度を上げると口あたりがソフトに感じられる傾向にあるようです。となると、燗酒で酸が立つという表現もありますが、アミノ酸がそれをうまくカバーして、複雑な味わいに変えてくれてるのかもしれません。
また、今回はいい結果とはならなかった酢酸ですが、実は日本酒造りにおいて要注意の酸と言えます。
酢酸は、酢酸菌や野生酵母などが酒母や醪、日本酒を汚染することによって増えると思われていますが、実際は清酒酵母も代謝の過程で酢酸を生成します。
どのような環境で酢酸が多くなるかというと、蔵人向けの話にはなりますが、高浸透圧・高糖濃度条件で酢酸生成が活発になります。つまり、最高ボーメが高く、BMD曲線がいつまでもキレていかない状態が続くと出やすいようです。追水のタイミングを早くしたほうがいいのは、ここにポイントがあるようです。
実験を通して感じたのは、酢酸をほんの少し入れただけでも、日本酒は味わいのバランスを大きく崩すということ。酸も味のうちではありますが、意図せずに出てくる酸には困りものです。
今回は5つの主な有機酸を比較検討しましたが、それぞれの特徴をうまく活かすことは、今や酒造りのスタンダードとなっています。夏向けの酒、燗酒向けの酒、肉料理と合わせてほしいお酒......商品のコンセプトをよく考えた上で、どのような酸を表現するべきかを考えながら、仕込みに向き合いたいものです。
料理に添えられた柑橘の味わい、黒酢の深み、隠し味のヨーグルト......それに合わせるお酒は、どんな味わいのものを、どんな温度で飲むのがいいのか。飲み手としても、喉越しやキレを支える酸にも注目しながら、日本酒を楽しんでいきたいですね。
(文/リンゴの魔術師)
◎参考文献:
- 「清酒に含まれる有機酸の酸味と飲用温度の関係」
- 「酵母の酢酸代謝酵素遺伝子の破壊及び高発現がアルコール発酵中の酢酸生成に及ぼす影響
- 「清酒酵母の有機酸生成に関する研究」
- 「ワインの有機酸生成に及ぼす酵母株および発酵条件の効果(酢酸関連)」