新型コロナウイルス感染拡大の影響で、最近増えてきている「オンライン蔵元会」。今回は、東京都墨田区の「海鮮居酒屋 MARU」が主催された「結城酒造の会」の模様と、オンライン蔵元会を実施にする上で気をつけたいポイントをレポートします。
オンラインだからこそ積極的なコミュニケーションが大切
5月6日(水)に行われたオンライン蔵元会「結城酒造の会」。会費は7,000円で、「海鮮居酒屋 MARU」の料理長が腕を振るった料理と結城酒造のお酒が6種類(1合瓶6本)がセットになっています。
会のスタートは17時からですが、料理とお酒は事前にお店で受け取る仕組みです。料理の受け取り開始は同日15時から。「海鮮居酒屋 MARU」にはソーシャルディスタンスに配慮しながら、参加者のみなさんが料理とお酒を受け取りに来ていました。
定刻の17時になり、同じ時間に同じ料理とお酒を皆とともに楽しむオンライン蔵元会のスタート。使用するアプリは、WEB会議ツールの「Zoom」です。参加者がそろったところで、最初にオンライン蔵元会を楽しむための注意事項の説明がありました。
「相槌を大きくしましょう」「問いかけには積極的な答えていきましょう」「誰への質問なのかをはっきり伝えましょう」「話し声がかぶるので参加者は基本ミュート設定で」「席を立つ時には一言かけましょう」「いつでも退出できますよ」などなど。
パソコンの画面上でやりとりするので、積極的にコミュニケーションをとるのがポイントとのこと。オンライン飲み会が初めての方や不慣れな方もいるので、事前にこのような説明があると安心ですね。
主催者としての心得としては、「司会がチャットにあがったコメントを読み上げ蔵元に質問する」「質問が少なかった場合に備えて主催側があらかじめ質問を考えておく」など、会がスムーズに進むような事前の準備も大切です。
国の有形文化財に登録されている蔵をもつ「結城酒造」
事前説明も終わり、いよいよオンライン蔵元会の始まりです。
結城酒造は、結城紬で知られている茨城県結城市に位置する、江戸時代に創業した歴史ある酒蔵です。代表銘柄は「結ゆい」と「富久福」。現在仕込みに使っている使用している建物は、江戸末期に建てられたものです。明治期に増設されたレンガ造りの大きな煙突とともに、国の有形文化財に登録されています。
杜氏の浦里美智子さん、社長であり旦那さんの浦里昌明さん、社長の弟の浦里宜明さんの3人の社員とパート1名で、酒造りに関するすべての業務を行っています。製造量は約300石ほどで、その約9割が関東地方へ出荷されています。その内訳は、茨城・栃木が45%、東京・神奈川が45%、その他が10%という割合です。
今回オンライン蔵元会に参加してくれたのは、杜氏の浦里美智子さん。美智子さんが蔵から配信を行い、オンライン蔵見学の始まりです。最初は洗米と蒸米を行うエリアです。洗米は1回に10kgずつ、水流でていねいに洗います。
蒸米は和釜と甑(こしき)を使い、1回で蒸すお米の量は400kg。蒸し上がりまでおよそ2時間かかります。この和釜から外にあるレンガ製の煙突までは、トンネルで繋がっています。
蒸したあとは、冬の外気の寒さを利用して米を冷まします。例年であれば蔵の前で0度、煙突の前あたりで-5度くらいまで気温が下がるのですが、今年は1回しか蔵の前が凍るまで気温が下がらなかったため、大変だったそうです。
今年新しくした麹室には、温度調整できるパネルヒーターを導入しました。特徴として、結城市の特産品である桐で作った麹箱を使っていることが挙げられます。通常はステンレスか杉が一般的ですが、桐製の箱は軽く、湿度をうまく調節できるのでとても重宝しているそうです。
続いての注目ポイントは搾り機です。搾ったお酒はタンクに貯めず、亀口からそのまま瓶詰をしています。瓶を手作業で瓶詰機械に繋げているため、搾り始めたら止めることができません。どんどんお酒が流れてくるので作業スピードも必要です。慣れないときは、瓶から溢れさせたこともあったそうです。
一通りの蔵の設備を回り終わったら、次は座学の時間です。パワーポイントの資料を映しながら、茨城県のお酒や2019年に創設された「常陸杜氏制度(ひたちとうじせいど)」について、説明してくれました。
茨城県には39蔵あり、昔は南部杜氏が多く在籍していましたが、今はオーナー杜氏5人、社員杜氏8人、南部杜氏11人という状況です。近年、地元杜氏が酒造りを担う役割が大きくなっていくことから、茨城県では地酒ブランド向上のために「常陸杜氏制度」を発足しました。この制度は栃木の下野杜氏制度を参考モデルとして、いくつかの条件を満たし認定試験に合格すると、常陸杜氏として認証を受けることができます。美智子さんは第1号の常陸杜氏として、認定されています。
「Zoom」を使ったオンライン蔵見学のポイントは、スポットライト機能を活用することです。この機能を使うと、常にメインスピーカーに画面を固定することができ、意図しない画面切替を防ぐことができます。
資料は画面共有機能を使って表示。参加者は基本ミュート設定なので、質問はテキストチャットで書き込んでもらい、司会がそれを読んで、杜氏に答える形で会は進みました。
6種類の直汲みのお酒を特製弁当といっしょに
蔵見学後は、いよいよお待ちかねの乾杯です。
まずはお酒の紹介から。今回用意されたのは、特別に180mlの一合瓶に詰め替えられた結城酒造の6種類のお酒です。
1.「結ゆい 純米大吟醸 雫酒 生原酒」(赤磐雄町38%)
蔵の最高級酒でもある、非売品のうすにごりの生原酒。赤磐雄町を使っていて、もろみを吊るし、半日ほど時間をかけて自重で落ちてくるお酒を集めた雫酒です。
2.「結ゆい 特別純米 一番星 亀口直汲み 生原酒」(茨城県結城市産一番星60%)
今年2年目の造りとなるお酒で、お米は結城市産の一番星、酵母は「明利酵母」、種麹も含めてすべて茨城産の原料を使っています。一番星は酒造好適米ではなく飯米で、茨城県のみで栽培されているお米です。さらには杜氏も社長も茨城出身なので、オール茨城のお酒です。
3.「結ゆい 特別純米 きたしずく 亀口直汲み 生原酒」(北海道産きたしずく60%)
きたしずくは北海道のお米です。北海道のお米はあまり溶けないイメージがあるなか、きたしずくは比較的きれいにできるお米です。ただ、味を出すのが難しいそうで、特に今年は全体的に溶けにくかったといいます。
4.「結ゆい 純米吟醸 雄町 亀口直汲み 生原酒」(岡山県倉敷産雄町)
搾りたてをそのまま詰めたお酒で、岡山県倉敷で無農薬で栽培された雄町を使っています。このお酒は杜氏が最初に造ったお酒で、思い入れがあるそうです。
5.「富久福 純米 michiko90 山田錦 亀口直汲み 生原酒」(兵庫県産山田錦90%)
6.「富久福 純米 michiko90 赤磐雄町 亀口直汲み 生原酒」(赤磐雄町90%)
毎年、精米歩合90%でチャレンジしている「富久福」です。今回は、酵母も種麹も全部同じで、米違いの飲み比べ。精米歩合90%は雑味が出がちですが、できるだけきれいで飲みやすく、そして味もあるお酒を目指しています。
続いて「海鮮居酒屋 MARU」の料理長・鈴木さんより、本日の特製弁当の紹介がありました。なかでも「鰆の純米大吟醸の粕漬」が大好評。美智子さんからは「イベリコ豚のステーキ」が、「結ゆい 純米吟醸 雄町 亀口直汲み 生原酒」とマッチするのではという話もあり、みなさん思い思いのペアリングを楽しまれていました。
結城酒造が直汲みにこだわる理由は?
お酒を楽しみながらの質問タイム。参加者からたくさんの質問が杜氏の浦里美智子さんのもとへ寄せられました。
質問タイムのポイントは、蔵見学の時と同じくZoomのスポットライト機能とチャットを使うことです。必要があれば手書きで説明することで、わかりやすい説明ができていました。
お米の種類の違いで、日本酒にはどのような差が生まれますか?
山田錦は優等生。造りが思い通りになったり、分析結果も狙った通りになります。雄町はなかなか思った通りにならず、全然いうこと聞いてくれませんが、奔放なところが好きですね。なので、いろいろなタイプの雄町のお酒を造っています。
お酒が好きになった銘柄が雄町でしたし、自分で初めて造ったお酒も雄町でした。自分が造りたいと思う酒の味に近かったので、そのまま造り続けていて、今では結城酒造の生産量の約40%が雄町です。雄町の95%は岡山県産です。岡山県赤磐市の堀内由希子さんが育てる赤磐雄町や岡山産の雄町をこれからも使いたいと思っています。
米を扱うのに最適な温度はどのくらいですか?
「外気温と水温は同じほうがいい」とはよく言われます。お米に負担なく水を吸わせるのが大切。やわらかい米はすぐに吸ってしまい、吸いすぎると米が割れてしまいます。そのため、水温5℃を目標とし、米によって温度を変えています。雄町や山田錦は5℃かもう少し低い温度。食用米の一番星や精米歩合90%の米は硬いので、井戸水をそのまま使っています。
酒造りで一番好きなタイミングは?
醪を搾る時が一番好きですね。大切にしているのは、洗米からの吸水です。いい麹を造るためにはいい蒸しが、いい蒸しをするには目標の吸水ができるかどうかにかかっています。酒造りは原料処理がとっても大事です。そのため、洗米には必ず参加し、自分がいないときにお米を洗うことはありません。
酒造りで辛いことはありますか?
冬場で寒くて、眠くて、重い仕事が多いことですね。1時間ごとに起きたりして体力的に辛いです。
直汲みにこだわる理由はなんですか?
直汲みをしている山口県の「長陽福娘(ちょうようふくむすめ)」を飲んで、とても美味しかったからです。自分が蔵で直接飲んでいる体験を、そのまま味わってもらいたいと思っています。直汲みはそのまま瓶に詰めるのですが、実は詰めたタイミングで味が異なるんです。同じ直汲みでもボトルによって味が違うことも楽しんでほしいです。
搾りの最後、責めの部分は、自家消費用として父に渡しています。普段はきれいな酒質の酒を飲んでいる人なので、責めのお酒は「ビリビリしている」と衝撃を受けています。
「初めてのZoom会でも楽しめた!」
懇親会では、参加者は5~6人のグループに分かれ、美智子さんやMARUの竜太チーフ、MARUの丸満社長がそれぞれのグループリーダーとして加わります。美智子さんは各グループを移動しながら、参加者のみなさんと日本酒談義に花を咲かせていました。
ここでのポイントは、Zoomの「ブレークアウト・セッション」の機能を使うことです。大きな会議室でテーブル毎にグループをつくるイメージですね。誰がどのグループに入るかは管理者側で指定できます。懇親会の時間を3つに区切り、参加者は各リーダーのグループをすべて回ることができました。
最後の締めのあいさつでは、美智子さんからサプライズが! 実は、参加者に配られた雫酒の瓶底に桜の花びらが仕込んであったのです。これにはMARUのスタッフも含め一同びっくり。また、後日、MARUにてお土産もいただけるということでした。
MARUの丸満社長からも挨拶があり、最後の一本絞めで3時間に渡る「オンライン蔵元会」はお開きとなりました。
イベントを終えて参加者に感想を聞いてみると、お酒の量については「6合分もあったけれど、ちょうどよい」の回答が100%。料理については「ちょうどいい量」、または「ちょっと少な目だった」という回答が多く、「画面を見ながらの参加だと食べるタイミングに悩んだ」という意見もありました。
他にも「初めてのZoom会でも楽しめた」「グループ分けでいろいろな方と話せた」「オンライン蔵見学には驚いた」「蔵元やMARUのみなさんの元気な顔を見れてよかった」というポジティブな意見も集まりました。
一方で「お弁当やお酒を配送してほしい」「持ち帰りやすい容器だと助かる」といった持ち帰り方法についても要望はありましたが、会の企画や運営ついては満足だった様子。
オンライン蔵元会の点数を10点満点でつけてもらったところ、10点(53.8%)、9点(30.8%)、8点(15.4%)の結果となりました。オンライン蔵見学を筆頭に、普段見ることのできない麹室見学や、蔵元から直接話を聞けて、さらにチャットで質問ができたことが好評だったようです。
新型コロナウイルスの影響がまだまだ続くことからこれから増えていきそうな「オンライン蔵元会」。お気に入りの蔵元や飲食店が企画される際に、ぜひご参加されてみてはいかがでしょうか。
(文/鈴木将之)