新潟・越後湯沢の白瀧酒造が醸す「上善如水(じょうぜんみずのごとし)」。
雪解け水のようにすっきりとした口当たりが特徴で、米の旨みがありつつもクセのない味わいは、お酒を飲み慣れた人だけではなく日本酒ビギナーにも愛飲されています。全国のスーパーやコンビニで目にする機会も多く、新潟を代表する人気銘柄のひとつです。
2020年、「上善如水」は発売から30周年を迎えました。発売からほどなくして地酒ブームに乗り、右肩上がりの売上増加とブームの終焉、リニューアルと、紆余曲折を経た「上善如水」とともに、白瀧酒造はどのような30年を歩んできたのでしょうか。
代表取締役社長の高橋晋太郎氏に、「上善如水」の"これまで"と"これから"をうかがいました。
地酒ブームの中で生まれた「上善如水」
まず、高橋社長に「上善如水」が歩んだ30年をグラフで表してもらいました。ジェットコースターのように大きくうねった下記のグラフは、同商品の売上の推移を示したもので、高橋社長は「この推移こそ『上善如水』の30年そのもの」と話します。
「上善如水」が発売されたのは、1990年9月のこと。当時、日本酒業界は80年代後半から続く淡麗辛口ブームの真っただ中。このブームは新潟の地酒から端を発しており、「越乃寒梅」(石本酒造)、「久保田」(朝日酒造)、「〆張鶴」(宮尾酒造)、「八海山」(八海醸造)など、新潟の蔵で造られた日本酒が全国的に知名度を上げていました。
当時、若者の間ではスキーブームが巻き起こっており、関越自動車道や上越新幹線開通も重なって、新潟を訪れる人が多かったことも新潟地酒の人気を加速させたと考えられています。
そんななか登場した「上善如水」を、高橋社長は「日本酒業界のさまざまなタブーを破った商品」と表現します。
日本酒の瓶といえば、茶色や緑の色付き瓶がほとんどだった当時の流れのなか、あえてほんのりとした水色の透明瓶を採用。そのままでは遮光性に難があるため化粧箱に入れて販売しましたが、これも贈答品以外の四合瓶では珍しいことでした。
また、当時は日本らしい筆文字で商品名を大きく書いたラベルがほとんどでしたが、デジタルフォントで表現している点も斬新だったといいます。
そしてなにより、「上善如水」の特徴であるすっきりとしたピュアな味わいが評判を呼び、売上は右肩上がりに。全国から殺到する注文に対して生産が追いつかないほど、大ヒット商品へと成長していきました。
「発売当初、『上善如水』のように香りもあって軽やかな味わいの日本酒は、まずありませんでした。当時は日本酒ファンから『こんなの日本酒じゃない』と批判的な意見も多かったと聞いています。一方で、スキーをするために越後湯沢に訪れる、まだ日本酒を飲んだことがない若い人が『飲みやすい』と先入観なく飲んでくれることも多かった。
万人受けはしないかもしれませんが、良く言えば個性がはっきりしていて、エッジが効いたブランドだったんですね。今でも飲んだ方の反応を展示会などで見るたびに、好き嫌いがはっきり分かれるお酒だな、と感じることが多いです」
売上増加を目指して踏み切った、大きな変革
当時8,000石(1石=180リットル)だった生産量は、「上善如水」の発売でピーク時には24,000石に到達。蔵に大きな変化をもたらしてくれましたが、残念ながらこのブームは長くは続きませんでした。発売から約7年後の1997年ごろをピークに、売上は急速に低下。熱に浮かされたような地酒ブームは終焉を迎えたのです。
「上善如水」がヒットしたあとも、白瀧酒造では新商品の開発や販売に積極的に取り組んでいました。「魚沼」など定番化した商品も生まれましたが、日本酒自体の消費量も減っていくなかで、売上は下降線の一途をたどります。
「上善如水」もパッケージデザインの変更や、大吟醸、純米大吟醸と商品のバリエーションを増やしていましたが、品薄だった商品が毎日スーパーにも並ぶようになり、「正直なところ、消費者の方々に飽きられていたのかなと思います」と高橋社長は分析します。
そうした苦境のなか、2006年に弱冠28歳で代表に就任した高橋社長。現状を打破するための施策として「全量純米化」と「スキンケア事業発足」のふたつを掲げ、大きな変革へと踏み出しました。
「売上が低迷するなかで『お客様のニーズに応え続けるためには、なにかを変えなければいけない、新しいことをしなければいけない』と社内でアイデアを出し合っていた時期です。『上善如水』も、デザインだけでなく中身も変えていかないと忘れられてしまうと思い、2009年にアルコール添加の吟醸酒から純米吟醸酒へと大掛かりなリニューアルを行っています。
アルコール添加自体を否定するつもりはまったくありませんが、お客様から純米酒への需要が高まりつつある時期だったので、思い切って全量純米化へと踏み切りました。以前とあまり味を変えないことを目標としていたので、当時の蔵人は苦労したと思います。その甲斐あって、大きく味を変えることなくリニューアルを実現することができました」
時を同じくして始めたスキンケア事業。「お客様の暮らしをより豊かにするために、日本酒の製造以外になにかできることはないか」と検討していたとき、たまたまスキンケアのOEMの話が持ち上がったのだそう。
「当時、主に大手メーカーが手掛けていたスキンケア事業に本格的に取り組むことで、差別化できると思ってスタートしました」と高橋社長は振り返ります。
お客様の多彩なニーズに応えるため、今では基礎化粧品だけでなく、ハンドケア、ボディ&ヘアケア、メンズアイテムまで、幅広く展開するブランドとして確立しています。
「変わらなければダメになってしまう」
純米化へとリニューアルした「上善如水」は、卸業者の間でも「『上善如水』は良くなったよね」と評判に。売上も徐々に上昇し、高橋社長も復調の兆しを感じたといいます。
「私が代表に就いたころは日本酒全体の消費量が落ちていましたから、これまでのように生産量を競う時代ではないと思ったんです。『品質の良いものを適正な量で生産し、世の中に価値を提供し続けられるようにきちんと利益を出す』という方向に変えていきました。
全量純米化を提案したときは社内で反発があるかと思っていましたが、みんなが『やってみましょう』と言ってくれた。酒蔵によっては"変わらないこと"が一番大事だと考えるところもあると思いますが、私たちは真逆。どんどん変えていかなければ駄目になってしまうという考え方なんです。それは私の父である先代社長のときから変わっておらず、白瀧酒造に根付いているものだと思います」
高橋社長の就任後、2007年に毎月季節に合わせたさまざまな味わいを楽しめる「毎月のお酒」企画がスタート。2009年には、12ヶ月すべてを「上善如水」ブランドに統一した「12ヶ月の上善如水」が誕生しました。季節に合ったバリエーションとフォトジェニックなデザインが特徴で、現在も続く人気シリーズとなっています。
また、2007年には微発泡酒「はじける上善如水」を発売するなど、チャレンジングな商品開発がさらに加速していきました。
そして、海外輸出に力を入れ始めたのもこの時期のこと。現在の白瀧酒造全体の売上のうち、海外事業は約10%を占めています。日本酒の海外輸出として一番大きい市場はアメリカ。しかし、アメリカはすでに他社の商品が広く展開しており、現地醸造を行っている企業もあったことから、高橋社長はアメリカではなくアジア市場に狙いを定めました。
「アジアに営業をかけ始めたころは日本酒を飲んだことがない人も多く、『なんだこれは?』という反応がほとんどでした。でも、もともと『上善如水』という商品名が古代中国の哲学者・老子の言葉から取ったものであることから、偶然ですがたくさんのアジア圏の方々に受け入れられたのは運が良かったですね。現在も、当社では海外輸出のうち、7割ほどがアジア市場です」
一番最初に出会う日本酒でありたい
「上善如水」の発売から30周年を迎え、高橋社長は「当時はただの流行りものという扱いで、下手すると一発屋で終わる可能性も十分にあった。30年も続けられたのは多くの人に支えてもらえたおかげだと思う」と感慨深い様子。そして、ロングセラーとなった背景には、早期に設備投資できたことも大きかったと振り返ります。
「上善如水」の売上が伸びるなかで、瓶詰ラインの拡充、カートニング(箱詰め)マシンの導入など最新鋭の設備を揃え、さらに衛生管理も徹底。お酒の品質や味わいを保ち、安定生産を維持することができました。
「白瀧酒造がこれからどういうポジションで生き残っていくのかを考えると、日本酒市場に【A:希少価値や手作りを売りとする地酒の層】と【B:大手酒造メーカーのナショナルブランドの層】があるとしたら、AとBのちょうど真ん中にいたいと思っています。きちんと高い品質を保ちながら、安定してスーパーやコンビニでも手に入る身近なお酒を目指していきたいですね」
しかし、「上善如水」は決して"安定"だけにとどまりません。前回のリニューアルから12年後となる2021年3月には、定番商品「純米吟醸 上善如水」のリニューアルを控えています。それに先駆けて、生酒やスパークリング商品もリニューアル販売を開始しました。「上善如水」ブランドは、今、新たなスタートを切ろうとしています。
「今は業界全体が落ち込んでいますし、『上善如水』も前回のリニューアルから10年以上が経って、飲み手にも飽きが来ているのかもしれません。やはり10年ぐらいのサイクルで新しさを取り入れていかなければいけないと考えています。
そのなかでも、軽やかで飲みやすい味わい、そして日本酒を飲み始める入り口というポジションは変わらずにいたいです。『最初に日本酒を飲むなら上善如水がいいよ』と勧めてもらえるようなお酒にしたいですね」
さらに「水の如し」を体現するブランドに
また、今回のリニューアルについて、「『上善如水』をあらためて見つめ直す機会にしたい」とも語る高橋社長。「上善如水」の名前が付いた商品を多種多様にリリースしていくなかで、「『上善如水』とはどんなお酒なのか」がお客様にとって少し分かりづらくなっていたのだそう。
「今回のブランドリニューアルを通して、日本酒としての軸をあらためて示していきたい。『水の如く』きれいな味わいで、大地に染み込む雪どけ水のように、優しく心を潤す存在になりたい」といいます。
「『上善如水』が昔のイメージのまま止まっている方も多いと思うので、あらためて新しい『上善如水』を味わってほしいです。純米化したとき、これまでのファンが一定数離れてしまうことも覚悟していたのですが、意外にも離れずにいてくれました。
季節商品を欠かさず飲んでくれている方も多くて、『上善如水=アップデートしていくブランド』だと受け入れてもらえていることは、前回のリニューアルで強く感じました。ですから、今回のリニューアルもあまり心配していません。新しくなることで、プラスになることの方が大きいと思っています」
「上善如水」とは、「人間の理想的な生き方は水のようにさまざまな形に変化する柔軟性を持ち、ほかと争わず、自然に流れるように生きること」という意味を持ちます。
常識にとらわれない柔軟な発想から生まれた「上善如水」は、逆境に立たされながらも、高橋社長や白瀧酒造で働く人々や、"新しさ"を前向きに受け入れるファンに支えられ、30年間も続くロングセラー商品となりました。
変化を恐れず、クリアで自然体。自由で素直なこのお酒は、これからどんな新しい顔を見せてくれるのでしょうか。
(取材・文/芳賀直美)
sponsored by 白瀧酒造