ワインの世界の「ソムリエ」のように、日本酒にも専門資格があるのをご存知でしょうか。
「唎酒師」は、日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SAKE SERVICE INSTITUTE)が認定し、NPO法人FBO(Food & Beverage Specialists Organization)が公認する日本酒の資格です。
唎酒師とは、どのような資格なのでしょうか。
「唎酒師」が生まれた経緯
「唎酒師」が生まれたのは1991年。日本でワインが日常的に楽しまれるようになり、「ソムリエ」という資格が認知され始めた時代です。
きっかけは、当時活躍していた若手ソムリエの有志が集まり、日本酒の勉強会を始めたことでした。ワインと同様に自国のお酒についても専門的な知識や提供する際の心得を身につけようと、日本酒の造り方や味わいについて学ぶうち、その魅力に気づき、勉強会の輪が広がっていきました。
その集まりが、のちの日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)となります。民間で個別独自に行われていた勉強会の手法などを統一し、日本酒について体系立てて学べるように整備。一定のカリキュラムを修めた人たちに、唎酒師の資格を与えることとしました。
その後、他の飲食関係の資格の会員情報や会費の徴収を一元化し、勉強の機会をスムーズに提供する目的で、NPO法人FBO(以下、FBO)が設立されると、日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(以下、SSI)も提携加盟団体として合流。唎酒師の資格認定はSSIが行い、FBOは会員情報の管理やセミナーの運営などの事務方を担うという現在の運営体制が整いました。
それでは、唎酒師とは、具体的にどのような資格なのでしょうか。FBOの広報・阿部新子さんは次のように話します。
「ひとことで言えば、"お客様に日本酒をおいしく飲んでいただくための資格"です。そのために、日本酒の造り方などの専門的な知識やテイスティングの技術はもちろん、お客様に合わせた提案の方法などのサービス面についても学んでいただきます」
「日本酒のソムリエ」と呼ばれることも多いだけに、当初は飲食店や酒販店で働く方々の取得が大半を占めていました。現在は、日本酒関連のイベントの担当者、酒蔵の広報やマーケティングの担当者、そして、ビジネスシーンで取引先をもてなす機会のある一般企業の広報や営業の方々の間でも取得を目指す人が増え、必ずしも、飲食や酒販の業界に限った資格ではなくなっているそうです。
また、近年は年齢層や男女の割合にも変化が見られるようになり、若者や女性の取得者も増えています。
「今は別の仕事をしているが将来的に日本酒に関わりたいとか、単純に日本酒が好きという理由で受験する方も多いですね」と、同じくFBOの運営室長・太田良平さん。
これまでに約4万3,000人(国際唎酒師を含む)が認定を受け、現役で唎酒師の資格を保持しているのは、そのうち1万人ほど。日本酒を提供する・伝えるプロとして、さまざまな分野で活躍しています。
「唎酒師」のスキルは実践でさらに磨かれる
唎酒師の資格を取得するには、専用テキストを用いた講義の受講が必須です。受講の方法には5つのコースが設定され、受講者が自身の生活スタイルや好みに合わせて選べます。
コロナ禍の昨今は、スマホやPCを使ってオンラインで受講する「eラーニングコース」が人気なのだそう。テイスティング用の酒類を含めたすべての教材が自宅に届き、課題に取り組みながら最短1.5カ月での取得が可能です。
また、専任の講師から対面でレクチャーを受けることができる「会場受講型」もあります。その講師のひとりが、人気銘柄「仙禽」の株式会社せんきんの薄井一樹さんです。
主に日本酒の原料や製造にまつわる講義を担当し、約14年間にわたって教壇に立っている薄井さんは、講義のポイントをこう話します。
「私の担当ジャンルは試験問題と特に直結する部分です。専門用語も多いので噛み砕いて説明しながら、酒造りの設備や仕込み水のこだわりなど、造り手ならではの話もしたいと心がけています。ついつい話が盛り上がって、講義の時間がオーバーしてしまうこともしばしばですが(笑)」
125分の講義の中で、いかに初心者にもわかりやすく伝えるかが講師としての腕の見せどころ。長丁場でも集中力が保てるよう、深掘りする箇所はしっかりと、逆に常識的な部分はさらっと済ませるなど、緩急を意識して講義を組み立てているのだそう。
自身もソムリエの資格を持つ薄井さんらしく、ワインとの違いで受講者の興味を引くなど独自の工夫も欠かしません。
「決して安くはない受講料を支払っていただいているので、なんとしても合格してほしいという気持ちです。特に昨今は若者や女性の受講も増えています。それは日本酒業界にとっての財産。身が引き締まりますね」
薄井さんは、唎酒師について「取得した後こそが大事」と力を込めます。
「どんなに良いテキストで勉強したとしても"百聞は一見にしかず"。実際に酒蔵に足を運んで現場を見学してほしいと伝えています。日本酒の世界も日々変わっています。取得後も勉強を続けて知識をアップデートしていかなければ、お客様に適切な提案はできませんから」
FBOでは、資格の取得後にも定期的にテイスティングの講座を開催したり、会員同士の交流の場を設けたりとフォローアップも充実。唎酒師は取得して終わりではなく、実践によってより磨かれていく資格なのです。
造り手と飲み手をつなぐ「唎酒師」
唎酒師の資格が誕生してからおよそ30年。日本酒を取り巻く状況は大きく変わりました。その中でも、食事と日本酒を合わせるペアリングやマリアージュの考え方が広まってきたことには、唎酒師の力も大きいでしょう。
「唎酒師の資格がなければ、日本酒はここまでブームにはならなかったかもしれません」と、薄井さんは話します。
「さまざまな日本酒の資格がある中で、唎酒師がもっとも長い歴史を持ち、蓄積してきた財産が多いと感じます。資格を持っている人たちはもっとプライドを持っていい。唎酒師というプロが増えることは、日本酒業界に取ってもプラスになると信じています」
造り手として薄井さんが唎酒師に望むのは、酒蔵の代弁者として、消費者との橋渡し的な存在になってくれることです。
「私たち酒蔵の人間は、実際にひとりひとりのお客さんに相対することはできません。だからこそ、私たちの想いを汲んでサービスしてくれる唎酒師の存在は絶対に必要です。特に飲食店では、季節ごとの料理やその日の仕入れ次第で提案するお酒も変わるでしょう。テーブル全体をコーディネートし、いかにお客様を幸せにできるか、それが唎酒師に求められることだと思います」
薄井さんが話すように、消費者視点に立ってサービスすることに重きを置いているのが、唎酒師の最大の特徴です。講義でも、お客さんに合わせて提供の方法を考えるところまで、ていねいに学んでいきます。
「良いサービスをするためには、お客様の気持ちに寄り添うことが大事。ただなんとなく日本酒を勧めるのではなく、知識を押しつけるのではなく、適切なコミュニケーションが重要です」と、FBOの阿部さん。
そのため、日本酒以外の酒類の特徴や、もてなしの基本を身につける講義も唎酒師のカリキュラムに含まれます。取得した人からは「自信をもってお客様に日本酒を案内できるようになった」「お店で頼りにされるようになった」などの声が聞かれ、実際の仕事の現場で役立っているのを実感するのだそう。
専門的な知識やスキルを身につけた上で、日本酒の楽しさを伝えていく。それが「唎酒師」なのかもしれません。
薄井さんは、唎酒師のことを「同志」と呼んでいます。日本酒業界をいっしょに盛り上げていくのはもちろんのこと、「日本酒の未来を担う存在」として、とても期待を寄せていると話してくれました。
日本酒の種類も飲用シーンも多岐にわたるなか、ひとりひとりのニーズに合わせ、的確なアドバイスをする唎酒師は、これからさらに求められる日本酒の資格だといえるでしょう。
(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)
◎ 参考リンク
sponsored by 日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)