国税庁主催の「日本酒輸出戦略ビジネスサミット2019」が、京都市伏見区にある月桂冠の昭和蔵ホールで2019年9月24日(火)に開催されました。
このイベントは、今年6月に開催されたG20大阪サミットでの日本産酒類のプロモーションと並ぶ、日本酒の輸出環境整備に関する国税庁の取組みのひとつ。日本酒のさらなる輸出拡大を目的としています。
このサミットには、シンガポールの統合型リゾート(IR)として世界的に有名なマリーナベイ・サンズ総支配人のジョージ・タナシェヴィッチさんと、イギリスでの日本酒プロモーションの第一人者である吉武理恵さんによる基調講演を皮切りに、香港やタイ、スペインから日本酒市場に関する各国の第一人者をパネリストに迎えたパネルディスカッションや分科会など、意欲的な試みが盛りだくさんでした。
世界のトップビジネスパーソンから日本酒の現状を聴けるまたとない機会とあって、日本中から蔵元の方々をはじめ、国内の酒類業者や団体等から約150人が参加。終始、会場は熱気に包まれていました。
「日本酒のイメージをモダナイズすることが重要」
1人目の基調講演は、マリーナベイ・サンズ総支配人のジョージ・タナシェヴィッチさんです。
日本酒輸出の世界戦略として、訪日外国人に日本酒を含めた日本の食文化を国内で体験して好きになってもらうこと。海外で日本酒や和食を啓蒙すること。この2つの戦略が必要だと話します。
「日本酒の輸出額は2018年に220億円となり、5年前よりも倍増しました。2018年の訪日外国人旅行者数は3,100万人を記録し、来日をきっかけに日本の食文化に興味を持つ人が増えています。このポジティブなブランドイメージを活かして、日本酒の需要を掘り起こすべきです」
そこで、統合型リゾート施設の導入が、外国人に日本酒の伝統と文化を広めていく方向性のひとつになると考えているのだそう。また、日本酒の普及を阻害している誤解を取り除くための啓蒙活動も重要であると、タナシェヴィッチさんは話を続けます。
「安価な日本酒を大量に輸出するのではなく、舌の肥えたワイン愛好家にもアプローチできるよう、特定名称酒などの品質の高い日本酒の輸出を増やすべきです」
さらに、欧米ではショットグラスで蒸留酒を飲む習慣があることを挙げ、形の似ているお猪口で日本酒を提供することが「日本酒は和食にしか合わない、度数の強い蒸留酒」という誤解を強めていると指摘。そのため、海外の日本酒初心者にアプローチするには、日本酒をワイングラスで提供することが望ましいと提言しました。
そのほか、長い歴史を持つ日本酒の伝統と文化に敬意を払いつつも、特に若い世代に対してインターネットを積極的に活用することや、世界的に知られたセレブを業界アンバサダーとして起用するアイディアも盛り込み、「日本酒のイメージをモダナイズすることが重要」と、さらに熱を込めました。
「日本の人口減少を考えると、日本酒業界を支えるには外国人の日本酒消費量を高めることが必要です。その上で、統合型リゾートを拠点とした訪日外国人向けの酒蔵ツーリズムを展開することで、海外での日本酒市場の形成によい影響を与えるでしょう」
「ロンドンの市場開拓を重視するべき」
2人目の基調講演は、日本酒と日本文化の素晴らしさを世界に広めようと尽力している人に与えられる称号「酒サムライ」の英国代表である吉武理恵さん。IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)の日本酒部門の設立・運営に携わる方でもあります。
吉武さんは、1986年にイギリスに留学して以来、海外と日本との架け橋になることを志し、貿易や文化交流、ワインの流通など、様々な分野で日英をつなぐ業務に携わっています。
イギリスでの30年以上にも渡る日本酒啓蒙のキャリアの中で、「日本酒は、日本そのものを代表できる文化であり、飲み物の範疇を遥かに超えた日本文化のアンバサダーになり得ると確信しています。日本酒は水のようなもので、いろんなところに入っていけるんです」と語る吉武さん。
2019年9月にはラグビーワールドカップ日本大会が行われましたが、さまざまな国のラグビー選手や監督たちは日本酒が好きなんだそう。このような国際的スポーツイベントは日本酒のプロモーションにとって最大のチャンスであると、期待感をにじませました。
さらに、海外での日本酒市場を開拓する上で、イギリス・ロンドンの重要性を挙げます。
歴史上、イギリスは品質のよいワインを審査・吟味して流通させている、世界のワインビジネスのハブと言える国です。その中でロンドンは伝統と革新が共存し、世界一と言える情報発信力を持つトレンド・セッターの街。イギリスへ日本酒を輸出することは、単に輸出額を増やすだけでなく、広告効果にもつながるといいます。
ですが、イギリスでの日本酒の認知度の低さについての言及もありました。イギリスの日本酒市場は、金額ベースでイギリス国内の全アルコール飲料市場の0.1%未満。ワインの80%が家庭内で消費されるのとは対照的に、日本酒の80%は日本食レストランで飲まれているのが現状です。加えて、イギリスでの日本酒の小売価格はワインの5倍ほど。この価格差も日本酒が普及する上での障壁となっています。
日本酒をお猪口のような小さい器で飲むのではなく、ワイングラスで提供することを提唱したタナシェヴィッチさんの考えに吉武さんも同意。日本酒市場拡大のためには、飲み方の提案も含めて、一般消費者向けの日本酒イメージ向上が急務であると提言をまとめました。
「SAKE」の定義を明確に
第二部のパネルディスカッションでは、基調講演を行ったタナシェヴィッチさん、吉武さんとともに、新たに3名のパネリストが活発な討議を行いました。
モデレーターは、酒サムライコーディネーターやIWCアンバサダーなどを務め、海外での日本酒普及に尽力されている平出淑恵さん。パネリストは、新たに「酒サムライ」に加わった山下ロウナさん、鈴木幸代さん、コリーン・ムイさんです。
パネルディスカッションのテーマは「日本酒を世界のブランドにするためには?」。
スペイン・バルセロナで早くから日本料理店を展開している山下ロウナ氏は、基調講演を受けて「確かにワイングラスで日本酒を勧めるとハードルが低くなります。ですが、飲食店目線で言えば、酒器にこだわることで日本独自の文化や豊かな地域性を発信できます。たとえば、日本酒とあわせて、その地域で作られる有名な焼き物の酒器といっしょに販売するなどもいいかもしれません」と述べました。
この話を受けて、タイで日本酒の輸入・卸販売を営む鈴木幸代さんは「九谷焼のワイングラスなど、この酒器で飲んでいたら日本酒だとわかるものを使って、酒器でのブランディングを図るのはどうでしょうか」と提案しました。
香港在住のワイン・日本酒教育のスペシャリストであるコリーン・ムイさんは、日本酒普及のアイディアを次のように話します。
「香港では、特定の国や地域のワインをプロモートする特別月間があります。日本酒でも、造りが終わる3月などに『SAKE Month』のようなイベントを開催して、搾りたてのおいしい生酒を売ってみてもいいのではないでしょうか。
また、ヨーロッパでワイナリーのある地域を巡るワインマラソンが行われていますが、『SAKE Marathon』のようなイベントをつくり、日本酒ツアーを日本で催行するのもいいですね」
さらに、パネリストのみなさんから、海外では日本酒が「SAKE」という呼び名で広く市場に認知されているが、「SAKE」の定義が曖昧なので、日本酒とは言えないようなものが「SAKE」として売られているという現状が報告されました。
その増加をどのように抑え、「SAKE」の品質をどのように担保するのかという問題意識から、「SAKE」の生産者を中心として組織化を進める動きもあるようです。
世界中で日本酒が愛される日を目指して
質疑応答でも、活発な議論が見られました。
ドイツ在住で、平成23年の「酒サムライ」叙任者である、上野・ミュラー・佳子さんからは、「『SAKE』という言葉に対して、地理的表示保護制度(GI制度)の定義がないことも問題ですが、醸造アルコールが添加されている日本酒に関して、どのくらい添加されているのかがわかる明確な定義や表示がないことも問題です。ドイツではそのことが『日本酒は蒸留酒』という誤解に拍車をかけています」という問題提起がされました。
また、「酒蔵としてグローバルに認知され、ブランドを確立していくためにはなにが必要か」という会場からの質問に対しては、鈴木幸代さんがタイでの経験を踏まえて、「輸入して最初の3年間が勝負。先行投資として営業マンの教育をするだけでなく、蔵元自ら同行営業すると蔵の本気度が伝わります。そうした蔵は成功する」と話しました。
サミットの最後には懇親会が開催され、活発な交流が続きます。日本酒の輸出の未来を祈念した乾杯のあと、各国から来られたビジネスパーソンたちと酒造業者のみなさんとの間で交流が図られ、一同、各地で醸された美酒に酔いしれていました。
日本酒の海外におけるブランディングと、市場での認知度を高めていくには、まだまだ困難が伴います。しかし、関係省庁を含めた日本酒業界全体の努力や、「酒サムライ」をはじめとする方々の尽力と貢献により、「日本酒の未来は明るい」と感じることができる一日となりました。
日本酒が世界中で愛され、飲まれる日は、さほど遠くにあるわけではない。そう実感できる機会でした。
(文/山口吾往子)