今年で創醸310周年を迎えた、灘の酒蔵「大関」。SAKETIMESでは、2017年に代表取締役社長に就任した長部訓子さんにインタビューし、これまでの生い立ちや老舗としての責任、そして大関の未来などについて、幅広く話をうかがいました。
そのインタビューから約2年。当時とは状況が変化した中で創醸310周年を迎え、訓子さんはどのような想いを抱いているのでしょうか。大関の今とこれからについてお聞きします。
あらためて実感した310年の歴史の重み
約2年ぶりにお会いした訓子さんに創醸310周年を迎えた率直な心境を聞くと、「大関としてはもう少し俯瞰して、たとえば50年くらいの単位で歴史の浮き沈みを見るくらい、どんと構えていたほうが良いのではないかと思っています」と、節目の年を冷静に受け止めていました。
「創醸310周年というのは、長い歴史の中では小さな節目かもしれません。でも、世の中のお酒の趣向は10年くらいの単位で変わっている印象なので、こうして折々に振り返ることも大切にしなければいけないですね」
社長就任からおよそ4年が経過した今、酒蔵の長い歴史を背負うことをどのように感じているか尋ねてみると、印象的なエピソードを聞かせてくれました。
「ちょうど今年、京都のお墓に埋葬されている代々当主の遺骨を西宮のお墓に移して供養したのですが、その時、大関の310年の歴史をあらためて『重い』と感じました。
長部家のお墓は、本家代々の家長の喉仏が京都、他のお骨は兵庫・西宮の墓地と、これまで2ヵ所に分かれていました。長部家の11代目だった叔父の長部文治郎から頼まれて、京都のお墓を閉じて1ヵ所にまとめる作業を進めていたのですが、その間に叔父が亡くなってしまったんです」
「叔父が亡くなった今、私が最後までやり遂げなければ」と、ひとりで改葬を進めていった訓子さん。
京都ですべての手続きやお参りを済ませ、いよいよ墓石を移動させるために、墓に眠っていた遺骨を取り出すことになりました。京都の墓には、長部家の代々の家長とその奥様の遺骨が埋葬されていたと言います。
「お墓から取り出した遺骨を布袋に包んで箱に入れ、車に乗って京都から西宮まで運びました。その時、膝の上にのせた遺骨から、300年以上の歴史の重みが伝わってきましたね。社長という責任は大きいですが、ご先祖さまの骨を膝に抱いて帰ってこられたのは良かったと思います。
1時間以上車に揺られながら、ずっと遺骨と会話をしていたような気がしますし、いろんな想いを受け取ったような気もするんです。移した墓石はきれいに洗って、今は長部家の墓地の真ん中に立っています」
原点に立ち戻るために「大坂屋」の屋号を据えた覚悟
創醸310周年を迎えた大関では、さまざまな新しい試みをスタートさせています。
そのひとつが、新ブランドの「創家 大坂屋(そうけ おおざかや)」。兵庫県産山田錦を100%使用し、丹波杜氏の醸造技術をもとに蔵人が手仕込みした純米大吟醸酒を9月に発売しました。
「大坂屋」とは、310年前に清酒の醸造を始めた、大関の原点となる屋号です。「大関を代表するブランドのひとつにしたい」という覚悟を持って、訓子さん自身が、歴史ある屋号を名前にしました。
「310年前、私の先祖である初代大坂屋長兵衛が酒造りを始めました。あらためて考えると、これは本当にすごいことだと思います。今と違って冷蔵庫もありませんし、醪の科学的な分析値も出せない。もし腐らせてしまったらすべて無駄になってしまう。それだけのリスクがある先行投資型の事業をやろうとチャレンジしたことが、今の大関につながっています。
大坂屋という屋号で酒造りを始め、『新しい事業を大きく育てよう』と覚悟を決めた先人の精神に今一度立ち戻って、考えなければいけない。そういう、私たち自身に向けたメッセージにしたいのです。
『創家 大坂屋』は、全国に向けて広く販売する商品とは異なり、手仕込みにより製造本数を限定した特別感のあるブランドとして、焦らず、慌てず、ていねいに育てていきたいと考えています」
「醸す」の言葉に込めた新たな決意
もうひとつが、大関が歴史の中で培った技術を活かし、今の時代に求められる商品を生み出すべく立ち上げた新ブランド「大関醸す(かもす)」です。
「昔の生き方を今の技術で、あなたにも地球にも大地にも優しく」という考え方をもとに、発酵の力や古くからの知恵を活かし、食品や化粧品など、酒類以外の商品を展開していくブランドです。
その第1弾として、大関独自の発酵調味料をベースにした鍋の素「胡麻みそ坦々鍋」「ぽかぽか生姜豆乳鍋」を、9月に発売しました。
「『大関醸す』では、自然で無添加を大事にしたい。発酵食品は身体に良いし、コロナ禍でおうちで食事をする時間も増えましたので、家で簡単に利用できる、鍋の素を開発しました。
食品に限らず広いジャンルで商品を増やしていって、それが大関の企業理念である『楽しい暮らしの大関』につながってほしいと思っています。そういった私の想いを込めて、『大関醸す』というブランド名にしました」
「大関醸す」のブランドサイトでは、『鉄腕アトム』や『まんが日本昔ばなし』などを手掛けたアニメ監督で、日本画家としても知られる杉井ギサブロー氏のイラストで、ブランドの世界観を豊かに表現。
「昔の人はすごいなぁ」という一文から始まり、田植えや稲刈りをする農家の人々、ぷくぷくと発酵する様子を見守りながら酒造りをする人々、子どものために米を研ぐ母親など、自然と共に生きる昔ながらの日本人の営みが、やさしく温かいタッチで描かれています。
「杉井ギサブロー先生とご縁がありまして、『大関醸す』というブランドを始めることをお話ししたんです。今は科学も進歩していますが、そもそも日本人ってすごいよね、水田があって、鳥が来て、虫が来て、自然循環を利用した農村で地域の人のコミュニティがあって、そこから米ができて......という話をしたところ、とても賛同してくださり、イラストを描いていただけることになりました。
昔の生き方を今の技術で行うことによって、自然を大事にできるし、地球にも優しい。そういうものづくりをみなさんに提供していきたいという想いを素直に表現してくださった、すてきなブランドサイトになっています」
「醸す」は、新ブランドの名前であると同時に、大関の新たな決意を示すキーワードでもあると言います。この言葉に込められているのは、自然や農業に対する深い敬意です。
「会社はひとつの日本酒のタンクのようなもの」
前回のインタビューで、新入社員による田植え研修について話してくれた訓子さん。当時も農家の方々や農業の大切さを感じ、「酒蔵で働く社員は米作りにふれるべきだ」と感じたといいますが、今ではさらにその想いが深まっていると話します。
「もともと私は田舎や野山が好きで、自然に対する敬意や畏怖のようなものをずっと抱いていました。
何万年も前に六甲山に降った雨が、地下水となり宮水となって湧き出でるからこそ、この灘の地で300年以上も酒造りができる。麹菌という生き物のおかげでお酒ができる。地球がもたらす大きな生命力があるからこそ、いまの生業があるのだということを、大関の代表となって、より強く感じるようになりました。
蔵に行くのが好きで、『小仕込みの醪の香りは、毎日こんなに変わるんだ』ということを目の前にすると、酒造りの奥深さを改めて感じ、大事に続けていかなければいけない家業だと確信します」
先日、大関のオフィシャルサイトには、「ESGへの取り組み」というページが新設されました。「ESG」とは、持続可能な世界の実現のために、企業の長期的成長に重要な「環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)」の3つの観点を指します。
このページでは大関の酒造りの行程が環境保護や社会貢献にどのようにつながっているか解説をしつつ、SDGsで掲げる17の目標のどれに当てはまるかを紹介しています。これも、創醸310周年を機に行った施策のひとつです。
「いま、あらゆる場面でSDGsという言葉が使われるようになっていますが、酒造りというのは、まさに古来から続く循環型の産業。農家さんに米を作っていただいて、その米を磨いて酒を造り、副産物として糠は漬物に使ったり、酒粕は発酵食品に使用したりと、本当に捨てるところがありません。
他にも、容器の軽量化やパッケージにエコなインクを使うなど、私たちが行ってきたさまざまな取り組みがSDGsで掲げる17の目標にほぼ当てはまっていることに気づいたんです。310周年を機に、実践していることをあらためて整理しました」
農業や自然環境について、熱を持った言葉で語る訓子さん。その熱意や志は大関で働く従業員にも浸透しているのかと尋ねると、「まだ業務に連動していることは少なく、必ずしもそうではないと思います」と答えます。
コロナ禍で社員を一堂に集めることも難しく、コミュニケーションの機会が大幅に減少。田植えや稲刈りの研修も、一昨年、昨年と2年連続で中止となってしまいました。それでも訓子さんは、自身の言動を通して従業員に想いが伝わっていくことを期待しているといいます。
「会社というのはひとつの日本酒のタンクのようなもので、社員が生き生きと働ける環境を整えることで、会社としての大きな目標を達成できる。そういう思いもあって、『醸す』という言葉をキーワードとして大切にしています」
「明日がある保証はない」というなかでの酒造り
このタイミングで「醸す」という言葉をキーワードに掲げた理由には、コロナ禍も影響していると訓子さんはいいます。
創醸300周年を迎えた2011年は、東日本大震災が発生し、記念行事を行うような状況ではありませんでした。そして2021年、コロナ禍のなかで、310周年という小さな区切りを迎えました。漫然とこの年を過ごすのではなく、従業員とともに、立ち止まって考えるきっかけになればと考えたそうです。
国内で最初の緊急事態宣言が発令され、世界中の時間が止まったように思えた2020年春。大関ではすぐに在宅勤務やリモートワークに対応した就業規則を定め、セキュリティやネットワークに関しても整備を進めました。チームごとの交代制勤務とし、出社する人員を制限するなど、社内体制も状況を見ながら柔軟に対応してきたと言います。
「以前から、介護や育児の負担が大きい社員のために、在宅勤務が可能な体制を進めようと考えていたものの、なかなか実現には至っていませんでした。それがコロナ禍によってやらざるを得ない状況になり、社内の管理部門の意識も変わったように思います」
巣ごもりによる家飲み需要が増え、通販の利用も増加。海外や飲食店で人気の高かった中小酒蔵の地酒や大関のようなナショナルブランドの商品の立ち位置は大きく変わりました。
家庭向け商品の売上が伸びたかといえば、大関の場合、主力商品「ワンカップ大関」の取り扱いはコンビニの比率が高く、コンビニ業態とともに売上が低下。巣ごもり需要と言っても、家庭内でも節約志向がより強くなり、パック酒などの経済酒の熾烈な価格競争のなかで、「正直なところ、非常に苦戦しているところです」と、訓子さんは現在の状況を厳しく受け止めています。
「以前は『量よりも質』という考えでしたが、量も質も必要だということを身をもって感じています。特に大関は、高度成長期から製造量を大きく伸ばしてきた会社ですから、社内の体制や設備もそれに応じたものになっています。それを一気に変えることは難しい。今はどうやってこの時代の変化についていこうかというせめぎあいの最中です。できることをひとつずつやっていくしかない、そういう過渡期だと思っています」
コロナ禍によって、自分の進む道をあらためて見つめ直したり、これまでの価値観が大きく変わったという人も少なくありません。しかしながら、「今までのやり方やスピード感は変えていかなければいけないと思いますが、私自身の原点にある価値観は変わっていません」と、訓子さんは話します。
「以前から会社としての課題は抱えていて、それにコロナ禍が重なったと捉えています。『国内の日本酒の売上は下降気味』とわかっていながら切迫感がなく、先送りしてしまったことが多かったんです。
ところが、『あしたがある保証はない』ということを、語弊はあるかもしれませんが、コロナ禍が教えてくれたように思います。しんどいですし、追い打ちをかけられているような状況ではありますが、私たち自身が変わらなければいけないということに変わりはないのです」
「楽しい暮らしの大関」を次の世代へ
先祖からの想いを受け取り、次の100年に向けて歩み出した訓子さん。大関で新しく始めたいことはあるかと尋ねると、「たくさんあります。やりたいことがありすぎて、それを社内で話すと『そんなに一気にできませんよ!』って言われてしまうんです」と笑います。
長い歴史の中で、代々の当主たちがひとつひとつアイデアを形にしてきた大関。長部家の人間が代表を務める今代で、また新たなチャレンジを見せてくれそうです。
コロナ禍という、思いもよらなかったかたちで迎えた創醸310周年の節目。日本酒業界に限らず日本中、世界中を取り巻く環境が大きな変化を遂げるなか、そのうねりに流されることなく、「楽しい暮らしの大関」を守るために歩み続ける今とこれからの姿が見えました。
(取材・文:芳賀直美/編集:SAKETIMES)
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