栃木県小山市にある西堀酒造が「アクリル製の透明な仕込みタンク」を特注して、酒造りをはじめたという情報をキャッチしました。

酒造りのタンクといえば、現在はホーローが主流で、近年は昔ながらの木桶を復活させる酒蔵も増えています。しかし、アクリル製の透明なタンクで本格的に仕込むのは、おそらく初めてのことでしょう。

醪(もろみ)の様子を"丸見え"にして挑む酒造りの狙いはなにか。醪の様子の見学も兼ねて、西堀酒造を直撃しました。

透明タンクで横からも醪を観察

西堀酒造の蔵元・西堀和男さんは、アクリル製のタンクを導入した狙いについて次のように話します。

「お酒は、酒母と麹米、蒸米、水を3回に分けて仕込みタンクに投入(酒母は1回目のみ)したあと、発酵が進み、1ヶ月前後で仕上がります。酒造りをしているうちに、発酵している最中の醪はどうなっているのか知りたいという気持ちが募ってきました。

また、うちの蔵は小学校の社会科見学を積極的に受け入れており、子どもたちには必ずタンク中の醪を上から眺めてもらっています。それが透明なタンクだったら、上からだけでなく横からも見ることができ、より楽しめるに違いないと考えました。

調べてみると、研究を目的にした小さなサイズの透明タンクでお酒を造った話は聞くものの、本格的な醸造の例はありません。一方で、最近はアートアクアリウムの流行でいろいろな形状のアクリル水槽が登場していると知り、仕込みタンクもできるはずだと思いました。そこで、水槽を作っているメーカーに足を運び、仕込みタンクの制作を依頼したのです。

メーカー側もはじめて制作するものだったので時間がかかりましたが、今年の3月末にようやくタンクが納入されました。酒造りは終盤でしたが、試しに1本造ってみることにしたのです」

タンクは直径約120センチメートル、高さ約160センチメートルで、アクリル樹脂の厚さは2センチメートル。容量は1500リットルです。

記念すべき第1号の仕込みは「日本晴」という一般米を50%まで磨いた純米大吟醸を造ることに。

基本的な造り方は変えていません。しかし醪の温度調整をする際、これまで通りタンク周囲に冷水が回るジャケットをつけてしまうと、せっかくの醪が見えなくなってしまいます。そこで「スターフィン」と呼ばれる冷却器を醪の中央に差し込んで調整する方法を採用しました。

まるで"蟻の巣"のような醪の断面

訪問したときは、仕込み始めてから25日ほどが経過していて、あと1週間で搾るという状態。近づいて、タンクの横から真っ白な醪を観察してみます。

タンク上部には発酵によってできたアルコールと、完全に溶けきった米による液体があり、その下に溶けきっていないお粥状になった醪がたっぷりと沈んでいました。

お粥状になった醪には酵母の発酵によってできた炭酸ガスの泡が小さな穴のようになって点在しています。それはまるで、蟻の巣を断面から眺めているかのよう。

泡は一定の大きさになると、浮力によって醪を突き崩すように上昇し、上部の液体層を抜けて表面へ。泡が攪拌の役目をするようで、泡が抜けるたびに、醪が微妙に位置を変えていきます。

刻一刻と酵母が糖分をアルコールと炭酸ガスに分解している様子は、見飽きることがありませんでした。

「仕込んで15日前後がもっとも活発でした。見学にきたお客様のなかには、タンクの前で3時間眺めている人もいましたよ。蔵人たちも、自分たちの造っているお酒が活動する様子を目の当たりにして、仕事への励みになったと言っています。

酒造りでは醪の表面の状態を状貌(じょうぼう)といって、その様子から醪の内部で何が起きているかを推測するのが杜氏の仕事でした。

透明タンクは内部の状態を一部見ることができるので、醪の状態をより正確に把握できるようになるはずでしょう。これからデータを積み上げることで、より酒造りに役立てていけるものと考えています」と西堀さんは話していました。

透明タンク仕込みの「clear brew」は5月末発売開始!

5月初旬に搾ったお酒は「clear brew」という銘柄で月末に発売します。価格は、720mlで3,200円(税抜き)。蔵元のホームページで取り扱いのある酒販店が紹介されるので要チェックです。

西堀酒造では来季(平成29BY)9月からの造りで、本格的に透明タンクを使って日本酒を仕込むそう。さらには、もう1本タンクを追加して、同じタイミングで精米歩合の異なる純米酒を造るなどして、それぞれの醪の様子を詳しく調べていく予定とのこと。

見学の予約もホームページにて受付中とのことなので、興味のある方はぜひ、蔵を訪問してみてはいかがでしょうか。

(取材・文/空太郎)

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