近年、酒税法の改正が注目されています。
2020年7月には小売業に対して初めてとなる試験製造免許が交付され、2021年4月には輸出向けに限って清酒製造免許の発行を認める改正酒税法の施行が予定されています。
これまで清酒製造免許の新規取得がほとんど認められていなかった日本酒業界で、行政の立場から規制緩和に取り組んだのが、前・国税庁酒税課長の杉山真さんです。杉山さんは、現在は任期を終え、2020年7月22日付で国税庁を離れています。
杉山さんは日本酒業界に対してどのような想いを持ち、その業務に取り組んできたのでしょうか。
SAKETIMESを運営する株式会社Clearの代表・生駒龍史を聞き手に、組織の立場を離れて、個人の立場から在職中の2年間を振り返っていただきました。
※インタビューは2020年9月4日に実施
酒税行政から酒類振興が起点の行政に
生駒:杉山さんが国税庁酒税課の課長に着任されたのは2018年だったと思いますが、「やっと僕ら新規参入者の話がわかる人が来てくれた!」というのが第一印象だったんです。ご存知ない方も多いと思うので、あらためて国税庁酒税課の役割についてお教えいただけますか。
杉山:その名の通り、まずは酒税をいただくことですが、それは業務全体のごく一部にすぎません。ほかには、酒類に関する免許制度や表示基準の運用、品質や安全性の確保などの業務を行なっています。また、原価割れ販売を規制する公正取引の基準や、アルコールの健康障害対策なども担当しています。
加えて近年では酒類業の振興、特に輸出促進や地理的表示(GI)などに力を入れています。輸出促進では、経済連携協定(EPA)に関する各国との交渉も重要です。例えば、日本酒の主要な輸出国でもある中国の日本酒の関税は40%と高率ですし、輸入規制のある国もあるなかで、輸出相手国の関税や輸入規制の撤廃に向けた交渉に積極的に取り組んでいます。また、国内の規制のあり方や制度の見直しも重要な課題です。
生駒:全国の酒蔵を巡ってアドバイスもしているんですよね。
杉山:鑑定官が技術指導などを行っていますが、国の専門家がそういった業務を行なっているのは、他の業界ではあまり見ないですよね。酒類総合研究所も所管しています。
生駒:酒税に関する業務だけでなく、かなり多岐に渡っていますが、特に最近注力されている日本酒の振興事業について、どういった狙いがあるのでしょうか。
杉山:以前は税金や取締りを起点に「酒税行政」なんて言ってましたが、現在では明確に酒類振興を起点にした行政を行っています。あくまで酒類業の振興発展を目的として、輸出促進を行なっていこうと。
実際のところ、国の年間の税収は全体で60兆円程度で、そのうち酒税は1.3兆円程度。そのうちビールや発泡酒などのビール系が6割以上を占め、日本酒は5~6百億円程度。実は焼酎よりも少ないんです。酒税だけを考えるなら、ビールをたくさん飲んでもらうのが一番です(笑)。
ですから、税収増を図るためということではなく、政府全体として農産物などの輸出促進やクールジャパンの政策を進めていますが、そのなかで日本酒は重要なコンテンツであるという位置付けです。税収やコンプライアンスだけでなく、しっかりと産業政策として業界の振興発展と輸出促進に尽力していこうというのが、ここ数年進めてきたスタンスです。
生駒:杉山さんが酒税課長になってから、この2年間でかなり大きく変わった印象があるんです。僕らのようなベンチャー企業を集めた意見交換会を行なってくれて、「日本酒のグローバルなブランド戦略に関する検討会」を発足し、そして今回の酒税法改正と、一気に"禁断の扉"を開いた感がありました。
杉山:私が着任する以前から方向性としてはありましたが、まさに本格的に取り組み始めたのがこの2年間でした。組織として酒類業の振興に正面から取り組もうと明確に意思決定し、こうした方針は関係業界団体にも説明し、毎年公表している「酒のしおり」にも明記、予算も大きく増額しました。
ただし、酒類業の振興と言っても、官民の適切な役割分担が重要で、あくまで主役は事業者のみなさんであるというのが基本です。事業者のみなさんが創意工夫を発揮し、意欲的な取り組みができるように環境整備し、サポートするのが行政の役割だと考えています。行政が業界全体を丸抱えして平等主義的に支援するということでは決してありませんし、そもそもそんなことは不可能でしょう。
生駒:Clearをはじめ、新規参入のプレイヤーを集めて意見交換の機会を設けたのは、どういった意図があったのですか?
杉山:酒税課はこれまで基本的に業界団体をカウンターパートとして行政を行ってきました。例えば、日本酒の業界団体としては日本酒造組合中央会があって、多くの酒蔵のみなさんが会員にはなっているわけですが、必ずしも業界団体だけが業界ではありません。業界団体の重要性は変わりませんが、それだけではなく、意欲的な取り組みを行う事業者のみなさんと、より直接的な関係を強化しようと考えました。
特に今はテロワール、スパーリングや熟成、地理的表示など、日本酒のブランド化や新たな価値を切り開くことが重要となってきています。私自身が実際にすべての皆さんにお会いすることは難しいですが、例えば、意欲的な取り組みをされている酒蔵、ベンチャー企業や、酒蔵の有志が結集している団体などとの直接的な関係構築に努めました。
生駒:これまでは、「ベンチャーのことはよくわからない」と重要視されていないように感じていました。それがようやく日本酒ベンチャーとして市民権を得られた気がして、率直にうれしかったです。
杉山:私自身、一消費者として日本酒を嗜んでいたものの、仕事としては初めての経験です。新参者ですから、とにかく話を聞きたいと。ビールやワイン、ウイスキーなど他の酒類業界はどんどんベンチャーが参入して活性化しているじゃないですか。
日本酒業界では歴史ある企業が多いですが、どんな老舗企業も始めはベンチャーからスタートしたはず。そこから歴史を積み上げて、切磋琢磨するからこそ業界として発展していける。伝統とは革新の連続ですよね。ですからぜひベンチャーのみなさんとも意見交換したいと考えたんです。
業界に衝撃を与えた「日本酒特区」と「輸出用清酒製造免許」
生駒:杉山さんの在任中、大きな出来事だったのはやはり酒税法改正ですね。
杉山:着任当初にさまざまな方から話をうかがって、強い意見や要望を受けたのは、やはり清酒製造免許のあり方についてでした。ただ、そう簡単な話ではないと認識したのも確かです。
製造免許の取得要件には法定の「最低製造数量」といって、製造場ごとに年間に製造する最低限の数量をクリアする必要があります。清酒は60キロリットル以上で、ビールと同量。ウイスキーやワイン、スピリッツなどの6キロリットルと比べると大きな数量となります。実際に既存の酒蔵でも今では多くが最低製造数量を満たしていませんね。
また、「需給調整」といって、法律上、需給の均衡を維持するために、新規製造免許を交付しないことができます。ビール、ワイン、ウイスキーなどは需給調整せずに製造免許を交付していますが、日本酒については長らく新規交付を行なっていません。市場が縮小傾向で、新規参入を認めると供給過剰になってしまうというのが理由としてあります。
生駒:その最低基準となる60キロリットルが妥当かどうかは検討する余地がありますよね。市場規模だけを見れば縮小傾向ではあるけど、特定名称酒は堅調に推移している。需給調整と言って新規参入を認めずに健全な競争を阻害するのは、果たして資本主義社会のあり方としてどうなのか、という疑念は正直あります。
杉山:そういったご批判はよくいただきます。「既得権益」「岩盤規制」と言う人もいますね。日本酒の60キロリットルというのは、ルーツは戦前の基準だった300石(およそ54キロリットル)にあるようです。
新規の清酒製造免許については、既存の酒蔵が製造場を増設する場合や、新たな事業者が既存の酒蔵を買収する場合には交付しています。異業種の事業者が買収した酒蔵が成功している事例も少なくありません。また、ファブレスのように、自社ブランド商品を企画して既存の酒蔵に製造委託・販売することもできます。ですから、まったく新規参入を認めていないわけではありません。
生駒:買収については、既存の酒蔵の一部は負債を抱えていたり、帳簿以外の資産や負債があったりと買収リスクも高く、ハードルが高いことも確かです。
杉山:そういった側面もありますね。非常に難しい課題ですが、この2年間でいくつかの進展もありました。
1つ目は「清酒の製造体験特区」です。これは既存の酒蔵だけが対象ですが、一般の方が製造体験を行える製造場を増設する場合、最低製造数量に達しなくても免許を取得できることになりました。なお、特区は直接的には内閣府が担当しています。
2つ目はかなり話題になりましたが、「輸出用清酒の製造免許」です。日本酒の輸出促進の観点から、輸出用に限って需給調整を行わず、製造免許の新規交付を認めることになりました。この場合、最低製造数量も必要ありません。
そして、3つ目が日本酒の「試験製造免許」です。試験製造免許は以前からある仕組みですが、これまで大学や研究機関などしか取得してきませんでした。この試験製造免許を、先日、はせがわ酒店に交付して、東京駅構内の店舗に醸造所がオープンしましたね。あくまでも試験製造という目的で、非営利で行なってもらう必要がありますが、最低製造数量や需給調整に関係なく、日本酒を製造・販売することができます。
生駒:これらのニュースは業界に大激震を与えましたね。
杉山:規制緩和の第一歩として評価する声も少なからずいただきましたが、他方で、「規制緩和としてはあまりに中途半端だ」といった批判も多く受けました。こうした批判は想定していました。輸出のためだけの酒蔵ともなれば、やれる事業者は限られます。また、試験製造免許では利益を取れません。新規参入にとっては、それだけまだハードルとなっている。私の力不足ですね。ただ、それすらこれまではなかったわけです。
日本酒の製造に新規参入したいという方が増えているのは周知の通りです。ただ、国内需要が厳しいのは確かなので、今回、国内市場の需給調整は維持しました。一方で、海外需要は伸びています。海外のアルコール市場全体では100兆円以上、ワインは20兆円以上に対し、日本酒の輸出は200億円強ということで、日本酒には非常に大きなポテンシャルがあります。こうしたなかで、国内市場はともかく海外市場まで需給調整を続けるのは合理的なのかということです。
生駒:やはり、業界団体の日本酒造組合中央会からは反発があったのですか?
杉山:輸出用清酒の製造免許については、これほどまでに反発を受けるとは思っていませんでした。例えば、中央会から"主な意見"としていただいたものは、反対やネガティブな意見ばかりでした。
少し視野を広げて見てみると、「クラフトサケ」といって海外の小規模醸造所も増えているし、「日本で製造免許を取れないから海外で」というベンチャー企業もいる。ドン・ペリニヨンの元製造責任者が富山で酒造りをはじめたのも大きな話題となりました。
こうしたグローバルな潮流のなかで、輸出用の日本酒までも需給調整を行い、製造免許を交付しないというのは、日本酒の発展のためにも良くないのではないでしょうか。日本酒の本場は日本にあるべきですよね。なのに日本で新規に造れない。志があっても造れない。海外ではふつうに造れるのに。新規参入を認めない業界はクールジャパンに値するのかという意見も寄せられましたね。
生駒:おっしゃる通りです。国内市場では限られたパイを奪い合うことになるけど、海外市場なら伸びている。そこでなら既存の酒蔵とはほとんど重ならない。伸びているマーケットで戦うのは、ビジネスの鉄則ですからね。
たとえば、WAKAZEだって国内で製造免許を取るのが難しいから、パリで酒蔵を始めたわけです。日本ではその他醸造酒と雑酒(どぶろくなど)で免許を取っていらっしゃいますけど、もし日本で免許が取れていたら、そのまま日本で酒を造っていたかもしれないですね。
日本酒にはまだまだビジネスチャンスがある
生駒:在任中に「日本酒のグローバルなブランド戦略に関する検討会」を発足したのも印象的でした。僕も参加させていただいていますが、政府が「日本酒をブランド化して、新たな価値を生み出していこう」とメッセージを出したのは、革新的でしたよね。
僕らはずっとラグジュアリーな日本酒の重要性を訴えていましたから、渡りに船だったわけですが、集まった方々にはそれぞれの意見も主張もありますし、かなりカオスな議論にはなりましたけれど(笑)。
杉山:国税庁が高付加価値化とか、ブランド化とか、さらにはストーリーや情緒的価値の重要性に言及するというのは、従来にはない新たな発想でしたし、業界の向かうべき方向性として、強いメッセージにはなったかと思います。海外での品質管理の問題や、料理とのペアリング、価格設定、ラグジュアリー、表示ルールなど日本酒業界の課題について幅広く議論ができたのも良かったと思います。
また、この検討会の委員やヒアリングの人選は今までとはかなり異なる視点でしたし、国税庁だけでなく、農水省、経産省、文化庁、観光庁、JETRO、JFOODOなど関係省庁・機関も参加し、販路開拓支援、ブランド化や酒蔵ツーリズムの推進など、政府の新たな施策もとりまとめました。
それも踏まえて今年の国税庁の「日本産酒類の競争力強化・海外展開推進事業」の予算は17.8億円と、昨年の2.5億円から大きく増額しました。
生駒:予算も含めてかなり積極的な施策ですよね。
杉山:この他にも例年同様、酒類総合研究所には運営費交付金9.5億円、日本酒造組合中央会には補助金6億円を計上しました。
ちなみに、国税庁のこの予算増については、業界紙の報道を見ると、日本酒造組合中央会から批判を受けたようです。しかし、この予算増で新規に行った国税庁のブランド化推進事業や酒蔵ツーリズム推進事業には、業界から計300以上もの応募をいただきました。
他方で、中小の酒蔵の経営基盤の安定を目的として、中央会に毎年6億円の補助金を出していることは、残念ながら、酒蔵のみなさんも含めて、あまり知られていないようです。例えば、中央会のイベントや海外展示会出展などはこうした補助を受けています。私がそのことを教えると、驚く酒蔵のみなさんが多いです。多額の補助金を使い残したこともありました。
関係者と話していると、日本酒造組合中央会のガバナンス、特に常勤役員のあり方については、違和感を覚える方が少なくないように見受けられます。いずれにせよ、今年度は久しぶりに新会長が就任されましたので、そのリーダーシップやイニシアティブなどに期待したいところです。
生駒:杉山さんご自身はすでに国税庁の仕事からは離れているわけですが、今後、日本酒業界に期待することはなんでしょうか。
杉山:いままさにコロナ禍のなかですので、まずはその対応ということだと思いますが、重要なのは、各酒蔵において、あるいは業界全体として、このコロナ禍のなかで日本酒が消費者や社会に提供・貢献できる価値とは何なのか、しっかり表現・訴求していくことだと思います。
そして、これは実はコロナ禍の前からの課題でもありました。時代がどんどん進み、世の中にはさまざまな魅力ある消費財やサービスがあって、娯楽や嗜好があって、可処分所得と可処分時間に限りがあるなかで、日本酒をライフスタイルとしてどのように提案していくのか。そして、日本酒にしかない価値、日本酒ならではの価値とは何なのかということです。
歴史や伝統。それも大切な価値です。でももはやそれだけでは、必ずしも消費者はついてこないでしょう。コミュニケーションのツールだとも言われますが、コミュニケーションの仕方は多様化しています。あえてお酒を飲まない「ソーバーキュリアス」といったことも言われます。一部のコアな愛好者にしか響かないような言葉や取り組みでは、広がりに欠けるだけでなく、かえって人々を遠ざけかねません。
こうしたなか、消費者にどういう体験価値を提供できるのか。それは例えば、卓越した美味しさであったり、絶妙なペアリングや飲酒シーンであったり、あるいは共感できるストーリーや価値観・哲学であったり、魅力的なライフスタイルであったり、更にはサステナビリティへの貢献であったりということかもしれません。マーケットインの視点も重要です。いま輝いている酒蔵の多くはそれをしっかりと表現しているんですよね。
いまだに「酒類間競争」なんて言葉を聞くことがありますが、いまや競争相手はほかの酒蔵や、ワイン、RTDだけではありません。人々のライフスタイルに関わるすべての財・サービスが競争相手です。
生駒:まさにそうですね。業界全体として立ち位置を考えていかなければならない。
杉山:そのうえで重要なのは、ひとつはオープンイノベーション。どの産業でも最近、しきりに言われていますよね。自前主義にとらわれず、他社や異業種、ベンチャーとの連携を図り、その知見やノウハウ、アイデアとのシナジーから新たな価値を生み出していく。
いま活躍している酒蔵は、後継者が第二創業的な経営をしていたり、異業種出身者が経営者になっていたり、異業種と連携していたりするところが多いですよね。そもそもオープンという意味では、多様性が重要です。新規参入を拒みつづけるのは、業界の未来を閉ざすのと同じことではないかと思います。
また、イノベーションという観点では、IT、IoTやAIなどのデジタルテクノロジーの活用も重要です。Eコマースやオンラインの活用も課題です。デジタル技術はクラフトマンシップを否定するものではなく、その強みをさらに発揮するためにも有効です。
もうひとつは、サステナビリティ。日本酒業界における議論や取り組みはまだ一部にとどまっているように見受けられますが、今後、グローバルな展開を考えれば、内外の投資家や消費者から、企業の大小にかかわらず、標準装備としてサステナビリティへの対応が求められることになるでしょう。
これをコストと捉えず、ビジネスモデルを転換し、新たな価値を創造していけるチャンスにすることが重要だと思います。環境負荷の低減、アルコール健康障害対策、働き方改革、取引の適正化などはもちろん、様々な社会課題の解決ということも含め、サステナビリティへの貢献を考えていくべきでしょう。
それから、ラグジュアリー。よく日本酒市場は飽和しているとか、右肩下がりとか言われますが、それは量的にとらえた場合です。日本酒のラグジュアリー市場は、国内・国外ともに需要にまだほとんど対応しておらず、全くのブルーオーシャンです。ポテンシャルは大きいと思います。
そして、いずれも主役は酒蔵のみなさんです。
生駒:すべておっしゃる通りです。どうしてそこまで日本酒のことを理解していただけるんでしょう。
杉山:一消費者として見ていても、日本酒ってもっとビジネスチャンスがあると思うんです。例えば、身近なところでも、ワインやビールを見ると、都市型ワイナリーとかブルワリーパブとか、小規模醸造所を併設した飲食店が増えているじゃないですか。空港にもワイナリーがあったり。最近でも、渋谷にワイナリーができて、虎ノ門にもジンの蒸留所ができましたし。ああいう試みは面白いなって。
なのに、日本酒の今の仕組みだとこういう展開すら容易にできません。結果的に業界みずから新たな可能性を閉ざしていることにならないか。その他にも、例えば、6次産業化と言いますが、米を栽培した人がそれで日本酒を造りたくても造れないとか。酒蔵が親族や蔵人にのれん分けすることも容易ではありません。
今回の試験製造免許は、試験目的に限られますが、取得主体に制約はないはずなので、はせがわ酒店のような小売店に限らず、今までどぶろくやリキュールなどしか作れなかった醸造所はもちろん、飲食店や企画会社など、さまざまな事業者が試験目的であれば日本酒の製造免許を取得できるのではないかと思います。日本酒製造単体では非営利でも、全体のビジネスモデルのなかで機能するように活用していただいても良いように思います。
生駒:「国内を試験製造で回しながら、海外向けは輸出用免許で」という合わせ技も可能なわけですからね。
杉山:この2年間で、製造体験特区、輸出用清酒の製造免許、試験製造免許と、新たな取り組みが進みました。様々な報道があり、また、様々なご意見もいただきましたが、こうしたことをきっかけに、またさらに業界などでの議論が深まっていくのではないかと思います。
あと、日本酒の枠組みについて言えば、「級別制度」が昭和の、「特定名称」が平成の枠組みだったとすれば、新たな"令和の枠組み"が関係者の前向きな議論の中から生まれるといいなと思います。
生駒:今日は本当にありがとうございました。僕らも後任の方たちと連携して良い取り組みができればと思います。
杉山:なお、今日はいろいろ意見めいたことも申し上げましたが、組織とは関係なく、すべて私の個人的意見であることを申し添えます。ありがとうございました。
インタビューを終えて
コロナ禍で大きな打撃を受けた日本酒業界。蔵元、酒販店、飲食店とそれぞれ苦境のなか、ECやテイクアウト、頒布会に活路を見いだしたり、オンライン蔵開きや試飲会を行なったりと、新たな試みの数々が見られました。
そんななか、国税庁では4月に飲食店の救済措置として期限付酒類小売業免許の付与を許可し、厚生労働省と連携して蔵元の消毒用高濃度アルコールの製造を認め、さらには免税とするなど、いち早く対応策を打ち出しました。
「酒税を徴収する」だけではない、日本酒業界における国税庁の存在感に改めて気づかされる機会となった今回の取材。「業界の振興発展と輸出支援を」と明確に舵を取った国税庁の取り組みが、今後、日本酒が世界に羽ばたく推進力となるよう、各事業者が切磋琢磨していくべきなのでしょう。
(取材・文/大矢幸世)
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