近年、海外で人気の高まりをみせている日本酒。財務省の貿易統計によれば、2019年度の清酒輸出総額は約234億円に上り、10年連続で過去最高額を更新しています。
日本の大手酒造メーカーをはじめとした企業の積極的な海外展開や啓蒙活動、加えて海外での日本食の人気も相まって、日本酒は海外でも広まってきました。その先陣にたって道を切り拓いてきたのが、正徳元年(1711年)創醸の「ワンカップ大関」で知られる兵庫県・灘の酒造メーカー・大関株式会社です。
国産商品の輸出はもちろん、海外での現地醸造にも力を入れ、2019年にはアメリカ進出40周年を迎えました。海外での製造量は宝酒造、月桂冠に次いで国内第3位に名を連ね、日本酒の海外進出を牽引するメーカーのひとつとして、現在もさまざまな取り組みを行っています。
この記事では、大関の海外営業部で次長を務める坪田大作さんと宮城こずえさん、OZEKI SAKE (U.S.A.), INC.の"Brewing Specialist"として製造工程管理や新商品開発などを担当する小竹学さんにテレビ電話を繋ぎ、日本酒の海外進出におけるパイオニア的な存在の大関の海外事業について、その歩みと今後の展望に迫ります。
現存する酒蔵では初となる、アメリカでの酒蔵設立
大関の現在の海外輸出先は、アメリカ、中国、ヨーロッパ、東南アジアなど約50ヶ国。また、アメリカ、イギリス、タイに営業事務所を構えています。
1979年には米カリフォルニア州の北部に位置するサンベニート郡ホリスター市に、OZEKI SAN BENITO INC.(現・OZEKI SAKE (U.S.A.), INC.、以下、OSI)を設立。酒造会社として戦後初めてアメリカに現地蔵を設け、現在は30名ほどが現地生産部門のスタッフとして勤務しています。
大関がアメリカへの輸出を開始したのは1962年のこと。その後も世界各地へと輸出先を広げていきましたが、輸送中の商品の鮮度低下が危惧されていたといいます。そこで「現地で酒造りをして、鮮度の良い状態で飲んでもらう方が良いのではないか」という声が上がり、現地醸造の体制を整えるべく準備が始まりました。
「海外で醸造を始めるにあたって、最も重要だったのが場所選びでした。その土地の気候や風土、米や水の入手先など、酒造りに適した場所を慎重に探していました。そんな中、縁があったのがアメリカです。もともと現地に醸造所を持っていた食品メーカー・キッコーマンとのご縁もあり、現在OSIの拠点を構えるホリスター市での開業が決まりました」(坪田さん)
ホリスターは人口4万人に満たない小さな町ですが、現在もワイナリーが10社ほど点在しており、昔から醸造文化が根付いている土地柄。市やサンベニート商工会議所の関係者からも日本の酒蔵の進出を温かく迎えられ、その友好関係は今も続いています。
カリフォルニアの米と水でアメリカ人の好みに合う酒を造る
酒造りの原料を調達する環境としても、ホリスターは適していました。カリフォルニア州の東側にはシエラネバダ山脈という大きな山々がそびえ、その雪解け水は周辺へと流れています。この豊かな水源と、カリフォルニアの太陽で育った米が、現地での酒造りを支えています。
現地で製造を担当するOSIの小竹さんは、酒の造り方は基本的に日本と同じだと話します。
「日本の設備を輸入して、自社で精米から行なっています。そして、洗米、蒸米、麹づくりなど、すべて日本と同じ工程を踏んでいますが、米は現地で仕入れているので、そこだけ大きく違いますね。現在は、現地で食用米として流通している『カルローズ』という中粒米を使っています。
寒暖差の大きいサクラメントという都市で育ったお米ですが、やはり日本の酒造好適米と比べると硬くて溶けにくいと感じています。その部分をカバーするため、また、アメリカ人の嗜好に合う味にするため、いかにうまみを出すかを追求して麹づくりには気を配っています。
麹造りは、昔ながらのヴィーサー製麹機を使って手作業で麹の手入れを行っています。アメリカ人が麹造りを手作業でやっているのは一見の価値がありますよ」
小竹さんによると、アメリカではすっきりとしたきれいな酒質よりも、味のしっかりとした風味が好まれる傾向にあるといいます。その味わいを現地の米を使って表現するため、日本から輸入した種麹による麹づくりを行い、大関の総合研究所で開発した酵母を使って酒のうまみを引き出しています。
日本酒を知るきっかけとしての"フレーバーSAKE"
日本で培ってきた酒造りの技術を活かしながら、海外で求められる商品を生み出し続けているOSIは、ラインナップも多彩です。そのひとつ、「Ozeki Sake Platinum」は、やや甘みのあるフルボディな味わいが特徴の純米大吟醸。吟醸香がしっかりと感じられるようこだわったといいます。
現地醸造のお酒で今最も人気があるのが、小竹さんが商品開発を担当した「Ozeki Nigori strawberry」。従来のにごり酒と現地カリフォルニア産のフレッシュなストロベリーをミックス。ストロベリーは直接産地に赴いて入手したそうです。
「にごり酒なので、かなりクリーミーな舌触りです。カリフォルニア産の米とイチゴを使った地酒のような位置づけですね。デザートとしてもいいし、現地の人は食中酒として飲む人も多いです。昨年11月に発売して、日本食のレストランやアジア系のスーパーマーケットに置かれていますが、にごり酒が好まれるアメリカでは非常に評判が良いです。
『Ozeki Sake Platinum』と『Ozeki Nigori strawberry』は、ともに『フロリダ ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート』にて採用いただいて、大好評となっています。また、北米では、200店舗超の大型スーパーマーケット・チェーン『Meijer』でも販売されることが決定しました」(小竹さん)
にごり酒のフレーバーにイチゴ以外にもさまざまな原料を試したという小竹さん。今回は商品にならなかったものもあったそうですが、引き続き、異なるフレーバーにも挑戦したい、と意気込んでいました。
"フレーバーSAKE"は、大関が日本から輸出している商品の中でも人気なのだそうです。現在最も出荷量が多いのは、山田錦のうまみを最大限に引き出した淡麗辛口の「辛丹波(からたんば)」ですが、それに加えて売れ筋なのがスパークリングのフレーバー商品。清酒ベースのスパークリング「大関 花泡香(はなあわか)」(ピーチ・ゆず)、そしてゼリータイプの「大関 IKEZO(イケゾー) SAKE JELLY SHOT SPARKLING」(ピーチ・ベリー・ゆず)です。
いずれも日本酒の従来のイメージとは異なる商品ですが、坪田さんは、こうした新しい感覚の商品の方が、今まで日本酒を飲んだことがなかったり、知らないという方に興味を持って飲んでもらえるといいます。
スパークリング清酒は、低アルコールで飲みやすく、特にタイで評判が良いのだとか。初めに「大関 IKEZO SAKE JELLY SHOT SPARKLING」をタイに出荷したところ、有名なバーで提供されたことで人気に火がつき、アメリカにも出荷されるようになりました。
「現地の人たちに日本酒の良さを知ってもらいたい」
日本から輸出、もしくは現地醸造で造られている大関の商品の多くは、日本食やアジア系のレストランで提供されています。坪田さんたちはこの状況を喜ばしく感じながらも、日本酒が海外にもっと広まっていくためには「現地の人に日本酒の良さをもっと知ってもらいたい」と口を揃えます。
「今後の課題としては、日本酒を『家飲み』で楽しんでいただきたい。現在は飲食店で飲む機会が多いので、地元のスーパーマーケットや酒販店で、ワインなどほかの酒類と同様に日本酒を選んでもらいたいです。
日本酒を飲んだことがない方も多いので、飲み方の温度帯や食事とのマッチングなどの基本的な情報をラベルにきちんと載せたり、ワインのように味わいがイメージしやすいような表現やコメントを添えることも意識しています」(坪田さん)
今後について、「日本酒を使ったレシピの提案や、国ごとの季節の行事に合わせた日本酒の提案や開発にさらに力を入れていきたい」と話すのは、海外向け商品の開発に携わる宮城さん。
たとえば、アメリカやカナダの秋の行事であるサンクスギビングデー(感謝祭)で、七面鳥やパンプキンパイを食べる習慣があるように、行事ごとに欠かせない料理が世界各国にあります。それらの料理と日本酒のペアリングを提案することで、海外文化と日本酒の親和性をより高めていきたいといいます。
一方で、国ごとに法律や規制などのハードルがあり、日本酒を海外に広く普及させるためには、こうした一企業の地道な努力だけでは難しいのが現状です。ほかの企業や団体とも協力しながら、日本酒業界全体で考え、啓蒙していきたいと切実に語ります。
2016年からOSIに出向し、日々現地で日本酒への反応を見ている小竹さんは、日本酒のすそ野が広がっていることを感じながら、同時に輸入商品と現地醸造商品への意識の差について感じることがあるといいます。
「イベントなどで大関のお酒を飲んだ人から『おいしい』『おもしろいね』と言ってもらえる。また、ホリスターでは日本食レストランが流行っていて、日本酒が飲まれる機会も多いです。
ただ、現地醸造のお酒は日本産のものより価格が安く、格下のように見られがちです。現地醸造ゆえ、酒の良さがきちんと伝わっていないと歯がゆい思いをすることも多くて。私は日本の蔵とアメリカの蔵、どちらも知っていますが、大きな差は感じません。実際に、フランスのコンクール『Kura Master』では、2017年に金賞をいただいています。
そのため、海外産も高品質な酒であることをもっと知ってもらうことが今後の課題です。純米大吟醸やにごり酒など付加価値をつけて、こだわりのある商品を展開していきたいと考えています」(小竹さん)
現地醸造だからこそ生み出せる、自由な発想
現地醸造のお酒の魅力を伝えるため、小竹さんが今後開発を目指すのは、「Ozeki Nigori strawberry」のような、これまでの日本酒の範疇にとらわれないお酒。「酒とはこうあるべきだ」という思い込みを取り払い、いろいろな香りや味わいが楽しめる自由な発想の商品を、現地のスタッフと共に生み出していきたいと語ります。
「少人数のチームで働いていることもあって、自分に任せてもらえる仕事が多く、やってみようと思ったことが実現しやすい環境です。部下は若いスタッフが増えてきましたが、20代、30代のアメリカ人に酒造りについて説明すると新鮮な反応が返ってきます。反対に、OSI創業時の40年前から働いているベテランの現地従業員もいて、自分が知らなかったことを教えてもらうことも多く、毎日楽しく仕事をさせてもらっています」(小竹さん)
インタビューを行ったのは2020年5月下旬。アメリカでは新型コロナウイルス対策による外出規制が長引き、現地でロックダウンを経験した小竹さんは、商品の出荷量にも大きな影響が出ているものの、段階的に回復してきていると当時の状況を教えてくれました。
未曽有の事態により、日本酒のインバウンド需要が大きく減少した今、日本からの輸出や現地醸造商品の流通は、海外に住む人々が日本酒を楽しむ機会を絶やさないための大きな役割を果たしています。
今回お話をうかがった坪田さんや宮城さん、小竹さんをはじめ、大関の海外展開に携わる一人一人の努力が、海外での日本酒の普及の一端を支えているのだと感じました。今後も拡大していくであろう大関の海外展開を、一人の日本酒ファンとしても注目していきたいと思います。
(取材・文/芳賀直美)
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