日本酒を知る

日本酒を楽しむ

日本酒を考える

特集

「無濾過」が善で「濾過」は悪?──酒を濾過する理由

> > > 「無濾過」が善で「濾過」は悪?──酒を濾過する理由
このエントリーをはてなブックマークに追加

近頃、ラベルに「無濾過」と記載された酒をよく見かけるようになりました。無濾過の酒には独特の香味があるため、根強いファンが多くいますね。

では逆に、「濾過」とはどんな目的で行われるのでしょう。今回は清酒造りの工程「濾過」の歴史や意義について考えていきましょう。

主人への報復がきっかけ?「濾過」のはじまり

一般的に、濾過の作業には専用の濾過機や活性炭素が使用されます。

清酒の濾過に活性炭素の作用を使うようになったきっかけは、伊丹発祥の豪商・鴻池家で酒屋の主人に対して行なわれた労働者の報復だとする説が有力。日頃の扱いに鬱憤の溜まった雇われ者が、商品価値を落とす目的で清酒のなかに灰を投げ入れたそう。すると意に反して、酒の味が見違えるほど良くなりました。このほか、その遥か以前から出雲の地伝酒において、灰を清酒に入れる方法が行なわれていたとも言われています。

伊丹市鴻池 清酒業で財を成した鴻池家始祖鴻池新六生誕記念碑

ただ、当時の濾過は現在のように、香味の調整や脱色をするために行なわれていたわけではないようですね。当時は冷蔵設備がなく酒が腐ることの多かった時代。腐造の防止や悪くなってしまった酒質を蘇らせることを目的としていました。

では、濾過した酒と無濾過の酒、それぞれの味わいにはどのような特徴があるのでしょうか?

濾過した酒

色は無色透明に近く、さっぱりとした口ざわり。淡麗辛口といわれるような軽い飲み口。
反面、搾ったばかりの濃厚な味わいはなくなってしまうこともある。

無濾過の酒

酒本来の色と味わいを楽しめるが、そのぶん雑味が多いことも。瓶詰め後の酵素作用で香味が変化しやすい。良い方向に熟成することもあれば、劣化してしまう可能性もある。

「濾過」と「無濾過」どっちが良いの?

"酒本来の旨みを残すため、濾過を最小限に抑えています"という旨の表記を見かけることがあります。これを見ると、"濾過をするのは良くないこと"というイメージを持ってしまう方もいるのではないでしょうか?

実際のところは、濾過をした酒と無濾過の酒、どちらが良いということはありません。

たとえば、新酒のフレッシュさと古酒の深いまろやかさに"客観的な優劣"をつけることが不可能なのと同じで、どちらが良いかは飲み手の好み次第ですよね。同様に、綺麗ですっきりした味が好きな人もいれば、濃厚な味に魅力を感じる人もいるでしょう。無色透明でこそ清酒だという意見もあれば、色がついていてこそ本来の酒だという人もいるかもしれません。

管理の観点では、やはり濾過した酒の方が品質を保ちやすいといわれています。酒を出荷し販売する上で、振動や温度変化、紫外線による影響は避けられません。しかし濾過をすることで、不純物や酵素の反応による酒質の劣化をある程度防ぐことができます。濾過が行なわれる最大の理由はここにあるでしょう。

また「濾過をした酒は"酒本来の姿"ではない」という意見を耳にしたことがありますが、これは少し乱暴なように思います。もしそれが正しいのであれば、江戸の下り酒として一世を風靡した、鴻池をはじめとする伊丹の清酒は"本来の酒"ではないことになってしまいますよね。

あえて濾過をする理由

通常、酒は上槽を終えたあとに少し休ませてから、濾過・火入れ・貯蔵という工程を踏みます。その後、貯蔵した酒をもう一度濾過し、火入れ・瓶詰めを経て、ようやく製品に。蔵人は真っ黒になりながら、タンクに炭を入れて濾過の作業をします。

一方、新酒として出荷される生酒は、貯蔵期間がごく短いため、貯蔵時に発生する着色・異臭を除去する必要がありません。そのため、炭素を使わずにごみや不純物のみを取り払う「素濾過」と呼ばれる方法を導入することが多いです。なかには、厳しい品質基準を設け、生ビールの醸造と同じようにミクロフィルターを使い、生きた酵母もすべて除去しているメーカーもあるようですね。

ただ、ミクロフィルターはかなり高価で、導入できるのは限られたメーカーのみ。無濾過の酒はこうした工程にかかる設備費や人件費、さらには時間を省くことができるのです。

ちなみに生酒を無濾過で出荷する場合、その多くは割り水をしない「無濾過生原酒」。それは、割り水をすると火落ち菌の発生確率が高くなってしまうのに加えて、アルコール度数を高くすることで酒の劣化が生じにくくなるからです。

以上のような状況のなかで、あえて手間をかけて濾過をする理由のひとつは"品質を保つため"でしょう。酒造メーカーは、濾過のメリット・デメリットを総合的に判断しながら、それぞれの酒を醸しています。

濾過されたすっきりとした酒と、無濾過の濃厚な酒。どちらが良いかは、あくまでも消費者の好みに左右されます。どちらが優れているか、どちらが本物であるかという考えではなく、もっとシンプルに、各々の好みで選べばよいのです。

なお、濾過の工程を経て微粒の炭素が清酒中に混じった結果、酒に付着してしまう炭素の香りを「炭素臭」といいます。現代の酒造りでは濾過した後、さらに厳密な品質検査が行なわれるため、濾過の失敗を見過ごしたまま製品化されることはほぼありません。

そもそも、雑味の原因を吸着する炭素の成分が清酒中に留まることは考えづらく、非常に優れた感覚の持ち主や、鑑定官レベルの訓練された人でも炭素臭を感じることは難しいと思われます。

「濾過」「無濾過」に優劣はない

ひと昔前までは、酒造りといえば寒造りのことを指し、無濾過や生の酒は蔵でしか飲めない時代でした。それが、造りや流通、管理などの技術が向上したことによって、年間を通してさまざまな種類の日本酒が飲めるようになっています。

しかし技術が向上したといっても、まだまだ完璧に管理できるわけではありません。今でも、無濾過の酒を商品化するのにはかなりのリスクが伴うでしょう。熟成して深みが増すか、それとも好ましくない雑味が生まれてしまうか、それは流通の経路や酒販店・飲食店の商品管理がどういう状態なのかによって、まったく変わってしまうのです。

そんな状況でも、出荷時の状態を100とするならば、お客さんの手元へ渡るときに100以上のものになっているよう努力しなければならないのがメーカーの責任。その観点から見れば、品質を保つために手間をかけて濾過をした酒、そして品質の管理は難しいが、その独特な味わいを飲んでもらうために挑戦した無濾過の酒、両者の間に優劣はありません。どちらもそれぞれ、酒蔵の強い信念のもとに生まれた酒なのです。

(文/湊洋志)

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます

このエントリーをはてなブックマークに追加

ライター募集中!

湊 洋志

半年稼業の生粋の丹波杜氏の蔵人として灘の酒蔵にて酒造り行う一方、「丹波流酒造り唄」の伝承活動に取り組む。さらに、「酒蔵芸人みちあんNoBo」として蔵人生活の経験を活かした酒造り芸の披露公演を各地で行う。米国ワシントンDCでの公演を初め、海外への日本酒文化の発信活動に精力を注ぐ。