「全国新酒鑑評会」という日本酒の鑑評会をご存知でしょうか?

ニュースや店頭で名前を耳にしたことがある人もいるかと思いますが、「どんなものか実はよく知らない」という方も多いでしょう。

鑑評会を主催する酒類総合研究所によると、「新酒を全国的に調査研究することにより、製造技術と酒質の現状及び動向を明らかにし、もって清酒の品質向上に資することを目的」に開催されているそうですが......難しくてよくわかりません。

この「全国新酒鑑評会」について説明していきます。

平成28年度なのに新酒?──「BY」とは

平成28年度の受賞酒が発表されるのは、和暦で平成29年の5月。平成29年になってだいぶ日がたっているのに"平成28年度の新酒鑑評会"というのは、どうも遅い気がします。

それもそのはず、ここでいう平成28年度というのは、酒造年度のことを指しています。

酒造年度というのは清酒業界で取り決めた帳簿・製造上の年度切り替えのタイミングのこと。7月1日を年始とし、翌年6月30日を年度末と制定しています。つまり、去年の7月1日から今年の6月30日の間に造られた酒は酒造年度上、すべて平成28酒造年度の酒。和暦と酒造年度が異なるので、少しややこしいです。

表記は「BY」(Brewery Yearの略)に、和暦を付けて「平成28BY」のように記載します。

なぜ6月30日を年度末に制定したかというと、清酒業界は12月末や3月末は酒造期間なので、酒造りが何もない6月末にしたという話。その酒造年度の最終盤に行われるのが、全国新酒鑑評会というわけです。

各酒蔵は、どんな酒を出品するのか

出品酒は山田錦精米・アル添大吟醸・速醸袋吊りというのが定石。特に山田錦を精米歩合35%まで磨き、きょうかい酵母もしくは熊本酵母で醸した酒が多く金賞を受賞してきたことから、「YK35」という言葉が生まれたほど。

山田錦を使用すると、酒米の王様と呼ばれるのも頷けるほど、酒の味がしっかりします。しかしその一方、「兵庫の山田錦で金賞獲れるのは当たり前だ」として、地元産の酒造好適米や、食用米で挑戦する蔵も増えてきました。

出品酒の仕込み ── 金賞を目指し、渾身の技術で造る

全国新酒鑑評会の出品酒は、各蔵が持てる技術を尽くして造ることが多いため、蔵人たちは神経を尖らせて仕込みに臨みます。

精米・米研ぎ・吸水・蒸し

金賞獲得を目指し、高精米に挑戦する酒蔵は多いでしょう。精米歩合は40%台、はたまた30%台、20%台という蔵も少なくありません。

高精米であればあるほど、米が割れないように長い時間を掛けゆっくり精米を行う必要があります。精米後は米に残った水分を計測し、袋に入れて密閉し管理します。

米研ぎが一番大事だという杜氏も多くいるでしょう。蒸しがしっかりしていればも上手くいくので、その前の吸水・米研ぎをしっかりやるという理屈。

しかし同じ米でも年によって硬さが違うので、杜氏と洗米屋の経験や勘に出来が大きく左右される工程でもあります。

製麹

麹造りは泊まりこみの作業。麹蓋や箱麹など細かい管理のしやすいものが好まれるようですが、蔵によっては、機械製麹のところもありますよ。

麹菌の入り具合がベストな状態を「突き破精(はぜ)」や「金魚の目玉」などと呼びますが、実際にやってみるとかなり手間がかかり、かつ難しい。破精込み、香り、酵素力価や出麹歩合が目標どおりできれば麹屋として一人前ですが、5年やそこらでは習得できない、とても難しい仕事です。

速醸酛

酛は速醸が主流。生酛は米の旨味が雑味と捉えられやすいため、鑑評会ではあまり見られません。ただそれでも、生酛や山廃で勝負して金賞を獲っている蔵もありますから、そこは技術と工夫次第でしょう。

速醸にも、2日でできる高温糖化酛や12日程度かける普通速醸、その中間の中温速醸など、温度経過がさまざまあり、設備などの理由で蔵ごとに選択しています。

酵母の選択もさまざま。きょうかい酵母や県独自の酵母、蔵付き酵母など、蔵ごとに得意な酵母は違うでしょう。主流としては、明利酵母(M310など)やきょうかい1801が挙げられますね。

M310などの酵母が出しやすい「カプロン酸エチル」など、いわゆる吟醸香が感じられるものが高い評点を得やすいとされていますが、香りが出すぎるとくどくなってしまい、減点対象となるので微調整が必要です。

醪の経過は、さまざまな指標でチェック。日本酒度・アルコールの出方・酸度・アミノ酸度・温度・醪日数・米の特性・麹の出来などを見極めて、温度調整や追い水をしながら酒を仕上げていきます。

搾り

搾りは袋吊りが主流。雑味を抑えるために、雫が自然と垂れていくのに任せるのです。それから斗瓶に入れて、おり引き・瓶詰し・火入れの工程を経て審査。搾りの工程でも火入の工程でも、たった1日の違いで酒質ががらっと変わるため、杜氏はスケジュール管理にも頭を悩ませます。

この製造技術は出品酒のためだけに使われるものではなく、日頃行う清酒製造の延長上にあります。全国新酒鑑評会の意義は、製造技術を競い合い、市販品の質を高めることなんですね。

全国新酒鑑評会の審査は"減点法"

全国新酒鑑評会の審査は予審・決審の2回に分けて行われます。まず4月中に予審が行われ、約900点の出品酒が、3日間の審査で半分ほどに。これが「入賞」。続いて5月中に決審が行われ、入賞酒の4割程度が「金賞」を獲得します。

それぞれの審査には「酒類総合研究所」や「国税局鑑定官」はじめ、全国の清酒研究所職員・蔵元・製造部長・杜氏などが参加します。例年、審査員は予審45名、決審25名前後で行われるそう。

審査方法は減点法。さまざまな項目において、1点を最良とし、欠点があれば順に減点されていきます。予審の場合は5点、決審は3点がもっとも悪い評価。つまり予審の場合、1点はたいへん素晴らしい!2点は無難、3点は凡、4点は賞外、5点は全然ダメといったところでしょうか。

出品された酒をひとつずつ審査し、気になった点をマークシートに記入していきます。

項目として挙げられているのは、吟醸香の種類や強さ、甘・酸・渋・苦といった味、そして特徴。特徴は"なめらか"という項目もあれば、老香・けもの臭・ムレ・TCA(カビ臭の元となる物質)などの、いわゆる"クセ"とされる項目まで、約20項目ほど。

各項目に該当する香味が感じられたら、酒にとって良いのか悪いのかを逐一判断し、1から5の点数をつけていくのです。

評価するのは"工業製品として"の清酒醸造技術

よく「ワインは加点法だけど日本酒は減点法だからダメなんだ」という意見を耳にします。

その言い分は、わからなくもありません。ですが、全国新酒鑑評会はあくまでも"工業製品としての日本酒の醸造技術"を競う場なので、やはり減点法で然るべきでしょう。食品工業製品である以上「ちょっとカビくさいけどイケるよ」というのは評価することができませんから。規格にどれだけ沿えるかの審査なんですね。

しかしまた複雑なのが、金賞の中で最高評点を獲った酒は、必ずしも、誰がどこで飲んでも美味いものとは限らないことです。審査には、料理との相性や飲みやすさなどが考慮されていません。そのため、"金賞を獲った酒蔵は製造技術が高い"と考えるのが良いでしょう。

「味の指標」を求める場合、他のコンテストを参考してみるのもいいかもしれません。近年では、ワインのように審査される「IWC」や「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」、市販酒のみを評価する「SAKE COMPETITION」、「燗酒コンテスト」、さらには古酒・熟成酒・スパークリングなど、個性ごとに部門が設置されているものもあるようですよ。これらのコンテストには生酛系や低精米酒も出てきています。個性は個性として評価されるべきですから。

それともうひとつ注意していただきたいのが、商品に「金賞獲得」の首かけがあっても、その商品自体は鑑評会と関係ない場合があるということ。同じ蔵人が造っていることには違いありませんが、使用米や精米歩合は異なるため、気をつけてください。

鑑評会に出品しない蔵もある

実は、この鑑評会にすべての酒蔵が出品しているわけではありません。旨味が乗った酒や熟成酒は審査で減点されやすいので、「ウチは出しても仕方ないからやらないよ」という酒蔵は少なくないでしょう。

他にも「出品用酒を造ってる暇がない」「熟成酒専門だから」など理由はさまざま。それもまた蔵のこだわりです。他のコンテストで賞を狙っているのかもしれませんし、お客さんに飲んでもらうことこそが最高の評価と考える酒蔵もあるでしょう。

日本酒フェアに行ってみよう!

全国新酒鑑評会の出品酒を試飲してみたいという方は、毎年開催されているイベント「日本酒フェア」に行ってみるのも良いでしょう。20歳以上であれば、入場料を払うと約400点の鑑評会入賞酒・金賞酒を試飲できます。

普段飲んでる日本酒との違いや、なぜこの酒が金賞を獲ったのかを、ぜひ考えてみてほしいです。そしてちょっぴり、頑張った蔵人に思いを寄せてもらえたらうれしいです。

全国新酒鑑評会は、ただ「受賞酒」を決めるだけのものではありません。そこから見えてくるのは、この酒蔵は何を頑張っているのかということ。「純米でアル添大吟醸に挑む」「地元産米で挑戦する」など、出品酒から蔵のこだわりを少しでも感じてもらえたら幸いです。

(文/リンゴの魔術師)

◎イベント概要

  • 日本酒フェア 2017 公開きき酒会
  • 日時:2017年6月17日(土) 第1部 10:00〜13:00 / 第2部 15:30〜18:30
  • 会場:池袋サンシャインシティ 文化会館4階 展示ホールB
  • 参加費:前売 3,500円 / 当日 4,000円
  • 主催:日本酒造組合中央会
  • チケット:こちらから

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